306話
「シッキム……」
ダージリンに似た味と香り、と表現する専門家も多い理由もしっかりと存在する。元々、インドのダージリンはシッキム王国の土地の一部だった。一九世紀ごろにここを植民地としていたイギリスが、この王国を接するネパールからの侵略から守るという名目で、土地を譲渡させた。
その後、ダージリンで育った茶葉のクローン種が、シッキムの土地に植えられることになった。紅茶の最高鑑定士が「春茶と夏茶のいいとこ取り」と結論を出すほどの香味。似ている、というよりも元を辿れば同じになるが、また違った進化をしている。
この茶葉も時折インドではなくネパール産と表記されていることがあるのは、地域の住民の大半がネパールからの強制移民であったり、製茶の工場がネパールにあったりする複雑な話。
ささっと手際よく注ぎ、アニーは準備完了。使い慣れているものと違い、慣れない道具ではもちろんあるが、それでも満足はできる出来栄え。
「もちろん、この茶葉だけで飲んでも美味しいんですけど、このあとはシャルルさんにお任せします」
自分の仕事はここまで。あとはどうアレンジされるのか。楽しむだけ。
バトンを渡されたシャルル。こっそりと手に持っていたものをテーブルの上に置く。
「はい。こちらもそのまま食べても美味しいのですが……」
コトッ、と硬質な音を小さく奏で、天井からのライトに反射する小瓶。
レティシアの網膜に突き刺さるワインレッドの中身。その形状からして。
「これは……ジャム?」
としか思えない。しかしそれはイチゴでもブルーベリーでもないように思える。桜……にしては濃い。ラズベリーのような。




