304話
クリアポットに入った紅茶。カップとソーサー。すでにサキナから場所を聞き、アニーは用意できている。すぐにでも飲める状態。
「ボクのほうはインドのシッキムという州の茶葉になります。年間でも百トンほどしか生産されない、ちょっとばかりレアな逸品です」
淹れた紅茶の茶葉は、世界の紅茶ファンからも『幻』と呼ばれる茶園の茶葉。常に何種類かの茶葉を持ち歩いているため、こういったことにも対応できる。シッキムを持っていたのはただの偶然。
幻、とまで言われてしまうと「ではありがたく」と、気軽にはレティシアにもいけない。心を一度落ち着かせる。
「そんな希少なものをいただいちゃっていいの? あなたのものなんでしょう?」
自分が紅茶について明るいならまだしも、ただの一般的な知識量。専門的なレポートなどできないし、他との違いを上手く舌が感じ取ってくれるかすら。
アニーはそんなことは気にせず紅茶を注ぐ。
「紅茶、茶葉は飲むためにあるものですから。レティシアさんに飲んでいただけて嬉しいっス」
ただ、ほんの少しだけ『幸せ』を味わってもらえれば。それだけ。むしろ、脳を空っぽにして混じり気のない真っさらなまま、味わってほしい。
そうまで言われたら、さらに遠慮するのもレティシアは気が引ける。味については素人だが、ならば普段飲むようなものとどう違うのか、他人のお金で味わうのもまた楽しいこと。
「そう。なら遠慮なく」
言質はとった。正直な感想を飲んで述べるだけ。気は楽。
「それで。シャルルさんのほうは決まったんスか?」
自分のほうは準備オッケー。あとのことはアニーは任せるしかできない。どうなるのか。どうなっちゃうのか。
それが正しいのかはわからないけれど。一度決めたのならシャルルは迷わないようにと心に決めている。
「はい。『インド』『幸せ』ときたら、これしかない、と考えました」




