302話
「……で、なんでウチでやってんの?」
不思議なことになっている。自身の店で、初対面の女の子が紅茶を淹れている。そうか、これは夢だ。そう、物憂げな瞳でリオネルは天井を見つめた。温暖な光が照らしてくれている。このまま天使の迎えが来て。そしてそのまま天へ。いや、なにを言っている自分。
シャルル・アニー・レティシアの一行も含めて、今この場には五人いる。六区の店からは〈ソノラ〉までとこの店までの距離はそう大差はないが、こちらに来ることを決めた。
それについてはシャルルの提案による。提案、というよりも、やむなく。勝手な都合ではあるが。
「すみません、どうしてもここ以外では置いてあるところがなくて……すぐ戻りますから」
現物は確認できたし回収もできた。〈クレ・ドゥ・パラディ〉に迷惑をかけるわけにもいかない。なので早めに退散しようとしていたのに。なんだかアニーとサキナは初対面で気が合ったようで、誘われるように紅茶を準備しだした。
「あー、いいよいいよ。どうせ俺出かけるし。サキナちゃんに任せとくから。忙しそうだったら手伝ってあげて」
軽く許可。リオネル自身は、新しくオープンするファッション関係のセレクトショップの店舗デコレーション。〈ソノラ〉ではやらないであろう仕事。このあとのことは気にはなるが、そちらをさすがに優先させる。というかまた。女の子増えた。
その心遣い。慇懃にレティシアは感謝する。
「ありがとうございます、お父様。このご恩は必ず」
「あらそう? ウチで働く?」
「それはお断りします。働くなら〈ソノラ〉で」
サラッと勧誘するリオネルをキッパリといなしつつ、レティシアは笑みを向けた。友好的だが冷徹な一撃。
「あー……やっぱそう……」
すごすごと退散するリオネル。退散、とは言っても彼の店なのだが、その言葉が当てはまるくらいには寂しい背中。




