30話
「なあ、確か〈ソノラ〉でバイトも始めたんだよな。ピアノと花屋のバイトってのは水と油みたいなもんなんだろ?」
シルヴィがその座り方に似つかわしい、唇を突き出し、少々野暮ったい口調でレティシアに問う。これが素の彼女である。
「ええ、特にこれから冬にかけては苦行となるやもしれないわね。寒空の下で水に手を浸けるわけでしょうから、指を痛める可能性は十分にあるわ」
冷静にレティシアは考えうるデータを提示。空気を鋭く切り裂くように、淡々とした口ぶりである。それはベアトリスにも言われたことではあった。疲れた頭の中でその時の声が反響する。
艶のある長い赤褐色の髪を後ろに払いつつ、落ち着いて端的な見解をするレティシアの一言は、文句のつけようのないそれだった。
シルヴィも「だろだろ」と頭を大きく上下させて調子を合わせる。
レティシアとシルヴィは、ベルから言わせれば「正反対という言葉がこれほどまでに似合う友人はいない」、全てがかけ離れていた。髪の長さ、喋り方、好きな食べ物、理系と体育系など、挙げればキリがない。しかしそれを取り持つ中間、つまり自分がクッションとなり、うまいことお互いの個性を中和させて関係は成り立っている。
そのクッションが活動停止状態ではあるが、知らずのうちに磁石のように互いのスペースは埋まりつつあるらしく、少しずつベルも楽できるようになってきている。今はそれがベルにはありがたいようである。
「まぁ、あの店が気に入る気持ちもわかるが、とりあえず食え!」
今現在はランチタイムである。昼食に重きをおくこの国において、一旦家に帰り家族で昼食、もしくは生徒全員が食堂に集まって取るのが主流である。モンフェルナは後者であり、三人が教室に留まっている理由は、約一名が動かないからなのだ。それに関してベルはただ「申し訳ない」と謝るのみ。
よくぞ学校まで来れたものだ、とセンチ単位で体を動かすベルを見て無言で二人は顔を見合わせたのだった。
そこで、このまま餓死されても困るので、左頬から突っ伏して動かないベルの口に、学校に来る途中で買った朝食用の余った小さめのサンドイッチを、シルヴィは指で押し込む。強引だが、こうでもしないと食べそうにないからだ。
疲れから食欲はあるのか心配したが、紙を吸い込むプリンターのように器用に口の中に入れていくベルの様を、レティシアは頬杖をついて見守る。
「まったく、シルヴィ。やっぱりあなた変な店を紹介したんじゃないでしょうね? トライアスロンだってこんなに疲れないでしょう。まるで糸の切れた人形みたい」
ベルの見た目を模した、鋭いレティシアの例え。
「いーや、小さな花屋なんだけどよ、これがまた美味そうな花もおいてあってだな。お前も一度行ってみればわかるんじゃないか」
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