299話
とはいえレティシアの腹はすでに決まっている。睨みの威力を一気に解いた。
「他の女に気を取られるのは勘弁してもらいたいのだけれど。ま、いいわ。私も気にならないと言ったら嘘。ただし、ひとつ条件があるわ」
「? なんスか?」
なにやらいい方向に流れている風をアニーは嗅ぎ取った。前述の通り、花は紅茶と相性がいい。ショコラーデの専門家と意見を交わしたことはあるが、思えば花はなかった。彼女にとってもいい機会。そのためならその条件というものをなんなりと。
まるで忠実な二匹の犬に見つめられているようだ、とレティシアはたじろぐ。ひとつ咳払い。そして。
「テーマは『幸せ』。私にとっての幸せとは。それを紅茶で表現できるかしら」
できるのなら。シャルルとのデートはまた次回に預ける。そのためにも、紅茶でなんたらかんたらというもので『幸せ』を表現してもらう。これなら……ギリギリ許せる。許してみる。器の広い女、それが私。
幸せ……いや、紅茶は飲んでいるだけでも幸せなのだが、そういうことではないのだろうとアニーにもわかる。そして候補はある。だが。
「……可能っスね。ただ、それにはシャルルさんの協力が必要になるっス」
紅茶としてはコレというものが自分の中であり、確定している。それがきっとレティシアに対してフィットしているはず、なのだが、ひと押し足りない。となると、あとは花。シャルルに任せる。できることをできるところまで。できないことはできない。
「僕、ですか? いったい……」
花と紅茶が合うことはシャルルも知っている。そういうものがあることも。だが、やったことはない。自信は正直、ない。
まずは思考を共有させるアニー。ひっそりと耳打ち。
「実は——」
紅茶の原産地。中国、スリランカ、そしてあの国。ここは有名なあの人物の出身国。
こそばゆい吐息を耳で受けつつ、ひとつの答えを出したシャルルは、意を決する。
「……なるほど。たしかに。となると——」
チラッと視線は今日の対象へ。怖い。ちょっとだけ、いや、結構。すぐに逸らす。
顔色を伺われたレティシア。奥歯を強く噛む。
「なにかしら?」
許すとは心の中で決めた。しかし許してはいない。矛盾しているが、あぁほら、他の女とそんなに近づかないで。もしかして無意識にこのアニーという少女は近い距離感を保つ達人?
この突き刺さるような空気感。少年には少々鋭すぎる気もすると危惧したアニーが中間に入る。
「たぶん、ボクとシャルルさんの意見は一致してるんスよ。とはいえボクは花には詳しいわけでもないのですが、なにか後ろめたいことがあるみたいっスねぇ」
それがなんなのかはわからない。だが、ベルリンへの土産話にはなりそう。そんなことを考えてみる。
難しい顔つきでシャルルは完成予想図を思考してみる。彩りのある紅茶。美しさもある。きっと気に入ってくれるはず。
「そういう、わけでもないんですけど……とりあえず向かってみましょう。購入は……また今度で」
そう言うと、クリスティーナ・スタルクの花器を棚に戻す。欲しい、けどもうちょっとだけ待っててください。また今度、また今度購入させていただきます。そんなことを心の中で念じて謝罪。一旦店をあとにした。




