295話
にひひ、と自慢げにアニーは胸を張る。
「ボクは少し鼻がいいんスよ。素敵な香りがします。シャルルさんのお花が好きなという気持ちも」
ただただ家業で囲まれているから、だけではなく、心から好きであるという感情も読み取れる。それは。彼女だけの、彼女にしかできない特性。
「……それは……ありがとうございます……」
感謝、する場面なのだろうか今は。わからないが、とりあえずシャルルはお礼を述べておく。たぶんだけど、悪い意味ではなさそう。それに——。
ふと、思い出したようにアニーは現状を把握する。
「あ、長々と話し込んでしまって申し訳ないっス。ボクはお土産を見にきただけなので。それじゃ——」
「もしお時間よろしければ、少しお話しできませんか?」
引き止めたのはシャルル。気になる、ことがある。
他のカップやソーサーを見に行こうとしたアニーだったが、目を丸くして立ち止まる。
「ボクっスか? 時間、全然ありますけど、いいんですか?」
特に今日のこのあとの予定はない。ないからこそ、ドイツへのお土産を見に来ているわけでもあって。紅茶専門店なんかも見て回ろうか、程度にしか考えていなかった。
しかしその提案。面白くないと感じる人物がひとりいる。
「全然よくないのだけれど。どういう風の吹き回し?」
そうレティシアは眉をピクピクと痙攣させた。今日はベルもシルヴィもベアトリスもいない。そう、余計なものはなにもない状況。二人で楽しめると思っていた。
が。肝心の少年はなにか見つけてしまった模様。それも他の女によって。おそらくは、フローリストとしての興味を惹くものなのだろうということはわかる。だけどそれとこれは別。今日はそういう日だったのに。
そんな殺気にも似た圧を背中に感じ、小刻みに震えながらもシャルルは意志を貫く。
「……いえ、とても面白そうな能力だなと思いまして。単純にその、嗅覚というものが」
なぜだろう。なにかその曖昧な感覚が、自分にとってすごく重要なもののように思えて。今この機会を逃したら、後々後悔しそうな。ゆえに、半ば無意識に引き留めてしまった。




