29話
「おーい、生きてるかー?」
「――うん?」
それが友人から自分に向けられた問いかけだと気付くのに数瞬必要とし、普通に返事をしたはずなのに間抜けな、と分類してよいであろう声を上げたのは、制服を身に纏ったベルである。疲れているのは誰が見てもわかる。むしろ、疲れているならまだしも、そのまま地面に溶ける一歩手前と言っていいような机への突っ伏し。
「四捨五入したら『死』のほうね」
「四捨五入ってなんだっけ」
「まだ……死んでな……い」
全身から力を振りしぼって、なんとかベルは生存の声を発した。自分はまだ若い、と頭蓋に堅牢に覆われた脳を占拠しようにも、無情にもその電気信号を受け付けてはくれない。ここ何年かは感じたことのない疲れだった。いっそ眠らせてくれればいいのだが、それもままならない。心なしか、先ほどよりも地面が近づいている気がする。
「頭使うのって……こんなに疲れる……」
「四捨五入ってこうするやつだっけ?」
「少なくとも体で証明するものではないわね。というかまだそこに突っかかってたの」
「今日の……ご飯……」
緩やかなすり鉢型の階段教室。格子状の窓から緑に輝く木漏れ日が差し込み、照らしつける太陽をインテリアと置き換える。高等部のクラス全てで使われている二人掛けの机とイスは、新しいとはいえない年季の入った品であるが、それを不満とする声はない。むしろ、年を経るたびに味を増していくその様に、卒業した生徒の中にはそれを欲しがる人もいるほどである。
ベルもその品を、卒業した先輩達に継いで共有する事を許された身である。壁際の前から三番目、適度な日当たりと爽やかな風、講師の目から身を隠すには文句なしの高立地条件。この特等席を与えられた時、ベルはなぜか高級マンションに住んでいるときを想像したものだった。これから一年間、申し分ない環境を手に入れたことへの夢と希望を詰め込んだその肢体は、今では鉛が詰まっているかのようにすら思えている。
死体と間違われる程の、陸に上がった魚のようなベルの生存を確かめたのは、その隣の席に腰掛けて頬杖をつき、首から下げるロケットが上品に似合うレティシア・キャロル。そしてイスをまたいで背もたれ上部にヒジをついてアゴを乗せているシルヴィ・ルクレールの二名。両名とも、九月に始まった新学期からの仲ではあるが、エスカレーター式ということもあり、三者とも顔と名前程度は知っていた。まだ友人、という関係になってからは長いとはいえないが、すでに腹を割って冗談を混ぜつつ話せる。
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