284話
その肩の手を払いつつ、ベアトリスは足元に置いておいた小さな紙袋を手渡した。
「手土産だ。それでも飲んでいろ」
「こりゃどうも。なにこれ?」
飲んでいろ、ってことは飲み物。重さからいって茶葉? 紙袋の中はまたさらに小さな紙袋で包まれている。スイーツに合うかな、と受け取ったサロメは妄想を膨らませる。
再度、鍵盤に手を置いたベアトリスはその質問に一応答えておく。
「エキナセアという花を使った茶葉だ。ハーブティーとして飲め」
なんの曲を弾こうか。そんなことを考えながら。これから冬本番。冬。寒さ。ノエル。とすれば。
エキナセアは、北アメリカ原産のキク科ムラサキバレンギク属の多年草植物。一八世紀頃から使われ出した、比較的歴史の浅い薬草。先住民族であったインディアンは、免疫力の向上を主として様々な傷や病気などに使用していたという。ドイツでも連邦保健庁が効能を認めるハーブ。
そのエキナセアの中でも、効果が確認されているのは数種類。乾燥させたそれらを使用し、弱火で炒った茶葉。レモンで酸味、蜂蜜で甘味を加えても美味しくいただける。もちろん作ったのはシャルルだが、我が物顔で土産とした。
ハーブってことはスッキリした味わい。激甘なものと合うかね、とサロメはとりあえず矛を納めることにした。
「ま、いいわ。なにかあったら言って。なにもないはずだけどね。このあたしが調律したんだから」
「言ってろ」
いちいち勘に障るヤツ。だが、それもベアトリスは今は忘れることにする。ピアノ。と、自分。それだけでいい。空気に溶け込むように。音を奏でる。
フィンランド出身の作曲家、シベリウス『モミの木』。樹の組曲と呼ばれる彼の小品のひとつで、実は曲名が国によって違う。というのも、寒すぎる土地ではモミが育たずにクリスマスツリーではトウヒを使うから。一年中葉が茂っているので『永遠の命』をこの二種の木は象徴していると言われている。




