272話
非常に曖昧で、絶対などない世界。だからこそ監督というものは、サミーには面白いのかもしれない。
「そうなのかもね。ならば観客にとっての優秀な映画監督、と言われた時は難しいね。感じるものは人それぞれだけど、語りかけるような『なにか』を感じ取ってもらえたら、それは優秀なのかもしれない」
観終わったあとに色々な『意見』が出る。それがいい映画の定義なのかもしれない。楽しかった、また観たい、続編期待、それもいい。だが、カフェでコーヒーを飲みながら「あそこはこうだった」というような話を引き出すこと。
「僕達も、花のメッセージをお客様に繋ぐ立場です。とは言っても、監督とは伝える相手の数が全然違いますけども……」
そこでコーヒーを出していないことにシャルルは気づいた。淹れてこないと。席を立つ。が。
いいからいいから、とサミーは制する。そんなに長居をするつもりはない。なのでお構いなく。
「あまりお客さんのことを考えすぎるのもよくないのかもね。監督というよりはほら、イタリアのヴェネツィアにあるあれ、ゴンドラの人。あぁいった、案内人のような立場が一番ベストかもしれない」
映画を作る、よりも会話へ『導く』こと。そういう監督がひとりくらいいてもいいんじゃないかな。
「……」
「いや、これは私の持論だからね。参考程度に」
黙って考え込んでしまったシャルルに対し、慌ててサミーはフォローをする。自身にもはっきりとわかっていないのだから。他人を巻き込むことに一種の申し訳なさ。
とはいえ、その理論をシャルルも噛み砕いて自分のものにしている。色々な意見や構築はやはり学ぶことが多い。
「自分の考えや想いを伝えるよりも、花の持つそれらを『引き出す』というのは感覚的にやはりフローリストと監督は近いかもしれませんね」
ただその引き出す人物達が、この店に関して言えば問題が多いこと。それだけが胃が痛い。いや、自分が出来てる人間、とは言わないけども。




