270話
目を細め、状況を吟味するサキナ。やはり自分の行動がプラスに働いているようでなにより。
「ふむ、どうりでなんだか機嫌がよさそうなんですね。ではお祝いの花を、という感じでどうでしょうか」
絵コンテというのはよくわからないけども。いい感じに仕事が進んでいる、と理解した。
「祝い……というほど進んでいるわけでもない、準備段階のひとつが終わっただけだけどね。撮影に後処理。こっちのほうが時間がかかる。でも任せるよ、あまりこういう時に花を買いに来たことないから」
以前は紹介されるがまま、ここに来て迷惑をかけてしまった気がしていた。なのでポジティブな時にもサミーは寄ってみようと考えたわけで。特にこれ、という方向性はないまま。
なるほど、とわかったようなわからないような、やっぱりよくわからないが、一度決めたことはサキナは貫徹するのが個人的な決まり。祝いでいこう。自由でいいみたいだし。
「ま、よく使われるのものでオーキッドなどがありますが、そちらはどうでしょうか?」
幸福を呼び寄せる、という花言葉もあるし、見栄えもいい。少し大きめで持って帰るのは大変だが、そのへんはまぁ、任せたほうが悪いってことで。
オーキッド、なんだか大袈裟な気もするが、サミーは余計な口出しはしないでみる。
「あぁ、というかここはそういう店だろう? 予算とかは気にしなくていいから、頼むね」
「そういえば」
いつもと勝手が違うので、この店のやり方を忘れていたサキナ。そして今の自分はベアトリス・ブーケ。ミスをしたら彼女になすりつければいいだけの存在。「じゃ、やりますかねー」と頭の中でアレンジを組み立てだす。
そんな鼻歌さえも聞こえてきそうな背中を見ながら、ポツンと取り残された少年にサミーは声をかける。
「優秀な映画監督、とはどんな人物か? 何度か取材で聞かれたことがあるんだけど、そんな時は決まって『私です』と答えることにしている」
なんの前振りもなく、そんなことを。自分はどんな人間か、知ってもらうためでもある。




