269話
お得意様ができるのは、従業員であるシャルルとしても嬉しい。売り上げというものは上がれば上がるほどいい。が、肝心の人物がいないのは心苦しい。
「ありがとうございます……ですが、サミーさんは姉さんを指名されたわけですから、やはりそこは——」
「呼んだ?」
全くお呼びでないサキナが弟(仮)の頭に肘を乗せる。ちょうどいい高さ。いつも持ち歩きたい。
よいしょ、と乗っかったものをどけてシャルルは場を落ち着かせる。
「ややこしくなるので入ってこないでください」
ただでさえ自分もどうこの場を切り抜けるかわかっていないのに。やはり申し訳ないが、また後日にしてもらおうか。そう判断。
だが、当のサミーは顎に触れながら、楽しそうに先を想定する。
「いやいや、たしかにそうではあるけど、うん、でも問題ないよ。それも面白いかも」
「面白い、ですか?」
様々な賞にもノミネートされるような、フランスを代表する若手の映画監督。なんとなく、彼ならこの状況に待ったをかけてくれる、そんな淡い期待を抱いていたシャルルは、嫌な予感がしてきた。この反応、姉に近いものがある。姉っていうのはベアトリスのほうです。あぁもう、ややこしい。
どんな時でも、映画に使えるかも、と考えてしまうのはサミーの癖。職業病ともいう。
「あぁ、やっぱりね、監督とかやってると新しい刺激とかに常にアンテナを張ってたりすることが重要でね。予定とは違ったみたいだけど、ありと言えばありなのかもしれない」
ゆえに想定外は大歓迎。むしろありがたいまである。
間をおいてため息をつきつつ、諦めて仕事に切り替えるシャルルは、どうにでもなれという精神に落ち着いてきた。
「それで今回はどういったご用件で……?」
「うん、次にやる映画の絵コンテが終わってね。まぁ、情報を漏洩するのもよくないから内容は言えないんだけど、ひとまずはひと区切りつけたかなってことで、訪れてみようと思ったわけ」
深い意味はないけども。なにかがありそうな気がして。そんな思考でサミーはやってきたわけだが、なんだか吉と出ているようで安心。




