268話
八区。花屋〈ソノラ〉にて、快活な声が響く。
「はい、いらっしゃい! どうぞどうぞ、ベアトリスが承りますよ!」
「……絶対に姉さんなら言わない……」
本人だったら過去に一度も出したことのないであろう声量で席まで促すサキナと、どう反応していいのか困っているシャルル。とりあえず今日はまともな店にはなりそうにない。
深呼吸し、気持ちを落ち着けながらサミーは店内を視野に入れる。ここ……だよね?
「……もう一度聞くけど、どういうこと? なにがあったの?」
たしかにここのオーナーであるリオネルは変なヤツだけども。その影響?
事情を説明するしかないシャルル。納得してもらえるかはわからないが、とりあえず。というか、なぜ自分がこんな役目に、と姉を恨む。
「あの、実は——」
姉がどこかにいったこと。サキナが代わりにいること。自分もよくわかっていないこと。それらを端的に話す。
原因となったサキナはひとり、それを聞きながら薄い笑みを浮かべる。自身が現状を作った本人なのだが、そういったものは受け入れたベアトリスのせいにしておく。自分は提案しただけ。悪くない。
着席し、だいたいのことはサミーも察した。それと同時に同情もする。
「なるほどねぇ。キミも大変だ。いや、それもこの店の良さになるのかもね」
そういったハプニング……ハプニング、なのかこれ? よくわからないけど、無理矢理にでも前向きに捉えてみる。
以前、映画監督であるサミーはリオネルからの押しつけ、もとい紹介により〈ソノラ〉を訪れた。その際に対応したのはベアトリス。謎解きの要素もありつつ、心に沁み入るアレンジメントを作ってもらった過去がある。
そういった経緯もあり、再度立ち寄ってみた。花は生活に欠かせないもの。それはフランス人のDNAに刻まれていて。




