262話
なんにせよ、モヤモヤとしたものが胸につっかえていたベルからすれば、話し相手ができたのは嬉しいこと。ピアニストじゃないなら、それはそれで新しい考えや、違う角度からの意見、アドバイスをもらえるかもしれない。
「ま、なんていうのかな。方向性が違う、とは言っても全体的なまとまりというか。最低限身につけておかないといけない基礎、っていうのかな。そこが凄すぎて。少しは上手くなったと思っても、打ちのめされてるわけ」
やっぱり、少しだけスッキリとしてきた。ひとりで抱え込むのはよくない。誰か、そういう人がいたら自分も力になれるかはわからないけど、とりあえず相談には乗ってあげようと決意。
ふむふむ、とリディアは理解を示しつつも、解決策があることを知っている。
「なるほど。でもベルには『花を音にする』って力があるんだろ? それを伸ばせばいいんじゃないかな。唯一無二だ、きっと」
ピアノに詳しくはないとは言っても。それが特別なことくらいはわかる。そんなの。オカルトじゃないか。大好きだ。
ベル・グランヴァルは、少し特殊なピアニストと言っていい。それは二つの特異な能力にある。
ひとつはピアノの音を『ビブラートさせる』能力。ピアノは一度鍵盤を叩いて音を生み出したら、ヴァイオリンや声楽のように音を振るわせることはできない。ただ小さく消えていく。それがピアノというもの。
だがしかし、鍵盤を叩いた瞬間、ほんの刹那、その鍵盤を揺らすことでビブラートさせることは理論上では可能。とはいえ、高速で弾きながらそんな芸当、あのグレン・グールドですら完璧には使いこなせなかった。それを彼女は。調律の状態によっては可能となる。
そしてもうひとつは今、リディアに指摘を受けたように『アレンジメントの花を音にする』ということ。これも眉唾もので本人以外は全く理解できないし、その本人もよくわかっていないのだが、なんとなく表現力が上がる。気がするとのこと。なのだが——。




