260話
「落ち着け……落ち着け……今まで私がやってきたこと——」
「やってきたこと?」
「ぅわぁッ!?」
背もたれに寄りかかり、上向きながら目を瞑っていたベルだったが、開けた瞬間、目の前に少女の逆向きの顔があった。いつの間にか背後から接近していたらしい。同じ学校の制服。少し幼い。
前に回り込み、驚かせたことを軽く謝罪をしながら、少女ははにかんだ。
「ごめんごめん、なんだか集中してたみたいだからさ、どう話しかけるか迷って」
その結果、覗き込むようになってしまった。だが、他人の驚愕や仰天する様を見るのは好き。なので確信犯。
呆気に取られつつも、時間をかけてベルは落ち着きを取り戻す。初対面ではない、一度だけ会っている。
「……ふぅ、えーと……?」
でも名前、なんだっけ? フランス人ではないから、微妙に覚えづらくて。たしか——
「リディア・リュディガー。ケーニギンクローネから留学で来た。前に会ってるよね、ベル・グランヴァル。ブリジットから聞いたよ。花を音に変換できるんだって? 興味あるなぁ」
先ほどと同様、リディアは細かな情報も漏らさないよう、顔を間近に寄せる。鼻先が触れそうなほど、吐息がかかるほど。
彼女の言葉通り、少し前にブリジット・オドレイを介して二人は軽く会話を交わしていた。そのため知らない仲、というわけでもないのだが。
「う……」
突然のことすぎて、ベルにはまだ状況を素直に受け入れることができない。距離感の近さに戸惑うというか、普段はそうでもないのに少し人見知りしてしまっているような。
あくまで余裕たっぷりなリディアは、携帯の画面に映し出された映像に食いつく。
「? どうしたの? 動画?」
聴いたことがあるような、そんな曲が流れている。ピアノ曲。残像が出るほどに速いタッチ。詳しいことはわからないが、たぶん上手いのだろう。恐ろしく。素人だが、それくらいはわかるほどに。




