259話
しかし手のひらサイズで現在、自分では全く弾けないくらいの名演が行われているわけで。無料で観ていいのかというレベルで恐れ多くて。何度観ても、聴いても鳥肌。人それぞれ音に好みはあれど、自分は好き。だからこそ目標としたのだが。
ロシアピアニズムの極致に達した演奏。『ラフマニノフの女王』なんて異名を持つピアニスト。自分も言われてみたい。今のままだと『リストの弟子と同じ練習をしてみた人』くらいなもの。
もし誰かに「このピアニストは上手いですか?」と動画などを見せられたら「あなたが上手いと思うなら上手い」と返す。結局、その人の好みなのだ。マドレーヌやガトーショコラほどのものですら嫌いな人がいるのだ。全ての人間に合うものなどない。
その点で言うと、ベルはリシッツァの演奏が好きで、上手いと思っている。ミスももちろんある。苦手だろうな、という作曲家や曲もわかる。違うピアニストの演奏のほうが好きな曲もある。でも、まるで引力のように惹きつけられる。奏でる曲と自分が会話しているようで。
「……なんか上手くいかないんだよなぁ……」
だけどそういった上手くいかないことを繰り返して、ピアニストとして成熟していくのだろうけれども。ベアトリスから教わったことはもうひとつ。ハーバード大学の実験では、小さくても目的を持って弾くことで筋肉と脳がより活性化されるとのこと。
だとすると、なにを目的とするべきなのか。月末のノエルにはリサイタルがある。まずはそこか。自分の演目はリストとパッヘルベル。苦手意識はないけれども。さて、どう弾こうか。
「……なんか私、いつも悩んでる気がする……」
そしてそれをベアトリスやシャルルやその他友人達に支えられている。ことに今更ながら気づいた。そろそろ自分が支える側にならないといけないのでは? しかしどうやって。




