257話
そこにちょうど、男性客が店内に入ってくる。ドアベルが鳴り、音が生まれる。静かにドアが開く。
「……なにごと?」
ただならぬ雰囲気を感じ取り、一歩その場で後ずさった。職業柄、空気を読むのは得意なほう。むしろ読めないと仕事が滞る。ゆえに、なんだか異質なものを肌で感じた。
ここは自分がなんとかせねば。シャルルは気を取り直し、接客に応じる。丁寧に。落ち着いて。
「こんにちは。ご予約の方ですか?」
だとしたら指名されていたのは姉。果たして大丈夫なのか、という緊張は持ちつつ。
虚をつかれたが、男性は軽く挨拶をしつつそのまま店内へ。
「あぁ、そうだけど……たしかリオネルのところの子だよね、キミ」
キミ、とはシャルルではなく姉、のほうを見ながら。少し戸惑いの目で。リオネル・ブーケとはビジネスでの付き合いがあり、そこからプライベートでの親交に繋がった。そんな彼からここは以前紹介されたわけで。
しかしサキナはその問いを正すべく、注意を挟む。
「私は今日はベアトリス・ブーケということになっています。どうぞベアトリスと呼んでください」
「……どういうこと?」
全く意味がわからないため、男性は首を傾げた。この子はサキナ・ラクラルさんなわけで。〈クレ・ドゥ・パラディ〉で何度も会ったことがある。間違えるわけがない。
痛いほどその気持ちがわかるシャルルもそちらに同調する。
「僕にもなにがなんだか……」
「ま、とりあえず座っちゃってくださいな、サミー・ジューヴェ監督」
少し素の自分を出しつつ、サキナはイスへの着席を促した。




