247話
一度視線が合うが、その少女はもう一度ガラスの向こうのショーケースに焦点を当てた。
「スイーツ。焦って悩んでいるみたいだったから。私が今一番食べたいもの」
何種類もの、色とりどりのお菓子が並ぶ中で選んだもの。
つられてブリジットもそちらに目がいく。うーん、たしかに。フワンボワーズの食感を想像し、唾液が溢れる。
「……まぁ……美味しそう……いえ、じゃなくて——」
「自分用ではない。でしょ? だから店内に入らずに外から様子見。まず種類が決まっていないから。自分用だったら、店内で見るものね。だから決めてあげたの」
フランボワーズ。キイチゴ。可憐な花と美味しい実。しかし気をつけないと、その奥に隠れた棘に少しずつ侵食される。少女は屈託なくオススメしてくる。
まるで探偵のような推理。そう言われると……アリ、かな。いやいや、そうじゃなくて。ペースに乗せられそうだったブリジットだが、軌道修正。
「……それで、なにか用、ですか?」
強盗、はない、と思う。仲間もいるわけじゃなさそうだし、というか、少しフランス語に違和感。カタコトではないけど、滑らかさに少しだけ。
うーん、と首を傾げる少女。少し言いづらそうに。
「実はね……簡単にいうと迷子。ここがどこだかわからなくなって」
自らの失態をケラケラと笑う。だってパリってわかりづらいんだもん、と。
フランスでは、全てと言っていいくらいに、通りに名前がついている。逆にそれがややこしくしており、慣れていないと、名前だけでは全くどこを歩いているのかわからなくなるほどに。
「どちらかというと、焦ってるのはそっちなんじゃ……」
少し安心して余裕が出てきたブリジット。人見知りだが、向こうから話しかけてきてくれるぶんには、会話しやすい。
そして、少女はブリジットの胸元、コートの下の服を指差す。
「で。困ってたんだけど、モンフェルナの制服。私は、ほら」
そう言って、自身もコートの前を開ける。その奥には、上は黒をベースにしたトップス、下は白のロングスカート。
この服装をブリジットは知っている。知ってはいるが、初めて見た。
「あ……ケーニギンクローネ……」
ドイツはベルリンにある、姉妹校。ケーニギンクローネ女学院。その制服。モンフェルナよりも少し、規律に厳しそうな。そんな所感。
理解してもらったところで少女は再度コートを着直す。そしてまとめ。
「そういうこと。適当に見て回って、学園のほうに行こうと思ったんだけど……って時に、見つけちゃった。助かったよ。教えてもらってもいい?」
このままひとり歩いていても、おそらく辿りつかないだろう。警察にでも聞こうか迷っていたが、どうせなら同じ学園の子のほうがいいに決まっている。
花の都パリ。たしかに初めてで攻略できる人はそういないだろう、とブリジットも同情する。
「パリは長いこと住んでても迷うから……よかったら、一緒に行こうか?」
見捨ててはおけない。一応、参考意見はもらっちゃったし。
予想外とでも言うように、目を見開いた少女は確認を取る。
「え、いいの? 買い物に来てたんじゃなくて?」
その通りではあるが、急いでいるわけでもない。また後日でいい。ベルと一緒に来たとき、とかでも。
「うん、特に予定があったわけでもないから。姉妹校だし、仲良くできたら。私は、ブリジット・オドレイ。でも留学? 成績、いいんだ」
たしかGPA、成績平均値が最高に近くないと留学はできなかったはず。自分は……と思い出して苦笑い。
しかし、あっけらかんと少女は内情を吐露。
「どうだろう。特例でねじ込んでもらえただけだから。それよりブリジット。よろしく。私は——」
右手を差し出しながら、自身も名前を。名前。今は——。
「リディア・リュディガー。よろしく。楽しい一週間になりそうだ」
強く握る。始まりの合図、とでも言うかのように。
来る。嵐が。毒蜂と共に。小雨を手のひらで受け止めながら、リディアは前を歩くブリジットを追いかけた。




