233話
応酬しあっていても、なんだかんだ仲の良い友人同士にしか、ベルには見えない。
「そうそう。だから作品を花で例えると——」
と、劇中歌『ムーン・リバー』をそらでピアノで弾き、そこで——。
「——え」
——違う花を見る。
もう一度。やり直す。だが、そこにはバラはない。
急に言葉を消され、答えを待っていたジェイドは顔をそちらに向けた。
「? どうしたんだい?」
「ベル?」
予想していた花の名が出てこない。少しオードも心配気味に声をかけた。ほら、あれでしょ、と。
だが、当のベルは口元を手で覆い、さらにもう一度頭の中で、そして指を動かして弾いてみるが、イメージできるのは同じ花。
「……違う、私にとってこの映画は『オードリー・ヘプバーン』じゃない……」
どこをどう間違った? 曲? いや、たった一〇小節の短い曲。間違えるはずがない。
「どういうこと?」
なにがどうなっている? まわりの他の客達の声も混じる店内。それが原因? 可能性を探るオード。
たしかに赤い花。だけど、バラではない。もっとこう、バラのような艶やかさよりも、可愛らしいような……そんな花がベルには。
「……ゼラニウム。うん、私にはゼラニウムが見えた」
間違いない。あの花弁。斑紋。間違えようがない。
予想外の選出にオードの声が上ずる。
「ゼラニウム? 『オードリー・ヘプバーン』じゃないの? そういう品種があるんでしょ?」
ていうかゼラニウムってどんな花? 見たことある?
一番に割り込んでいきそうなジェイドだったが、ここはあえて一旦落ち着いた。どういうことだ?
「なるほど、そんなものが。だが、そうなるとたしかにオードの言う通りだ。そんなおあつらえ向きのものがあるのに、どうして全く違う、それもゼラニウムになったんだい?」
なにか決定打となるものがあるはず。だとしたら。それは——。
とても面白いはずだ。
まだ自分の中でも整理はついていない。この数秒に起こったことをベルはゆっくりと語る。
「……私も最初は『オードリー・ヘプバーン』だと思った。赤くて主役って感じのバラ。だけど、音からは見えなかった。代わりに見えたのは——」
「ゼラニウム、ってことか。流石に説明がないと納得できないね。どうしてこれだと思う? 私は花について詳しくないから、できれば簡単に。それでいて興味のある感じで」
やたらと注文多く説明を求めるジェイド。面白ければ、モデラージュをもうひとつつけよう。
まだ自分の答えに迷いはある。だが、直感は大事と教えられた。ならもう決め切る。ゼラニウム。そのメッセージ。




