232話
ほんの少しだけ身を寄せ合い、秘密の会談のように語るジェイドの声は低い。
「簡単なこと。『ティファニーで朝食を』って映画知ってる?」
一瞬、店内が静まった気がした。ベルは「あれだよね」と、ご存知。
「当然。オードリー・ヘプバーンでしょ? デニッシュとコーヒーは真似するよね」
映画冒頭のシーン。なんとなく、それらを持っている時は気分は映画のよう。
呆れつつもオードは素朴な疑問。
「で? それにベルをそれにどう巻き込むわけ?」
あんまり変なことにならないように。厳しいチェックが入る。
心配には及ばない、とジェイド。
「聞きたいことはひとつ。この映画を『花』で表現するとなにになる? そうだね、アレンジメントじゃなく一種類の方がいいかな」
ショコラティエールとしてはここまでしか思いつかない。ゆえに花を生業とする者の意見が欲しいわけで。そのアドバイスとモデラージュの交換。
予想していなかった類の質問。まだ理解できていないベルは、もう一度言葉に発してみる。
「花……? 『ティファニーで朝食を』……?」
考えたこともなかった。そういう映画だという認識しか。花。花?
そんな突飛な発想。だが事情を知っているオードからすると、止めたほうがいいのかどうか迷う。ただアイディアをもらうだけ。そこまで負担のあるものではない。
「……」
とりあえず様子見。深く考えすぎるようであれば止める。しかし花とは。どういうものを作る気だ?
焦った瞬間もあったが、なんだかそういうクイズのようなものは好き。数多ある花。ベルはひとつひとつ脳内で吟味する。
「うーん、そうだねぇ……」
ついでにジェイドは相棒にも話を振る。待っている間も暇だろう。
「オードはどう? なにかある?」
「はぁ? 知らないわよ」
と、冷たくあしらうオードだが、知識として知っている。バラの品種に『オードリー・ヘプバーン』というものがあることを。さらに言えば『マリリン・モンロー』とかもあると聞いた。ま、前者でしょうね。
その流れに乗っかり、得意げにベルは腕を組む。ご教授しよう。
「ふふーん。実はね、バラの品種っていっぱいあってね。その中には映画スターの名前のものも結構あるの」
つまり。まぁもうわかってきただろう。それそれ。
ショコラのことなら調べてきているが、花に関しては素人。ジェイドの心拍数も上がる。
「ほほぅ。なるほど。そんなものが」
「少しは自分で考えなさいよ」
ほら。少し調べれば出てくるの。全く、友人を変なことに巻き込まないでほしい。そんなオードの冷ややかな目。




