231話
「なにをコソコソとしているのかな? ま、とりあえずこれを」
そんな悪行とは無縁そうな、満面の営業スマイルでジェイドは帰還し、皿をテーブルに。どうせまるで自分が悪魔であるかのような、そんな嘘情報を流しているのだろう、と予想はしておく。
少し身構えつつも、ベルは視線を差し出された皿に移し、そして驚愕。
「……すご……! これ、バラ? 食べられるの?」
真っ白な花。素材はホワイトショコラ。どこからどう見ても、初めて出会う質感の紛れもないバラがそこにある。
食いつきは上々。ジェイドはニタリ、と笑う。
「一応、食べられる素材で作られてはいるけど、あまり味はよくないよ。モデラージュ用だからね。お近づきの印だ、どうぞ」
ショコラをフードプロセッサーなどで撹拌すると、粘土状のショコラとなる。それを丁寧に工作していく技法『モデラージュ』。世界大会などでは必須の技術だが、トップレベルともなると動物、それこそ等身大の鳥や哺乳類なども拝むことができる。花はその入り口だ。
「で? なにをさせたいわけ?」
遠回しにしたところで、オードの眼力はそれを見逃さない。必ずこいつの行動には裏がある。
さすがだね、と褒めちぎるジェイド。その通り。裏しかない。
「理解が早くて助かる。実は二人に頼みたいことなんだけど」
以心伝心できているのは相棒の証拠。勝手に認定。殿堂入り。生涯契約。
それは残念ながら伝わっていないオード。巻き込むにしても人数が増えている。
「あたしはともかくベルも? まだなんの恩も売ってないじゃないの。そもそも——」
「これはあとでケースに入れて、ベルにプレゼントしよう。しばらくは眺めたりして楽しんでくれ」
物で釣りにかかるジェイド。こういった花のプレゼントは、より感動するだろう。花屋の店員であれば尚更。
その予想通りの反応を返すベル。
「いいの?! ありがと、すごく綺麗」
早くも毒牙の餌食。
それを確認し、軽く目眩を覚えつつオードは頭を抱えた。
「あー……ダメだこりゃ……そもそも。今日はあんたに貸しておいたグラス代。そのぶんを奢るってことでここに来てるんだけど?」
グラス、とはアイスクリームのこと。先日、シャンゼリゼ通りの有名店に向かったはいいが、会計直前でお金を持っていないことが発覚し、仕方なしに貸しただけ。その後始末が今。頼まれる筋合いはない。が。
「で、頼みたいことなんだけど」
「うんうん!」
すっかり竹馬の友となった二人を見ていると、オードは世界から弾き出されたような、そんな疎外感を覚えた。え? あたしが間違ってる?




