23話
頬を膨らませて、むっとシャルルは口を尖らせる。姉に聞こえないと確信したところでは強気に愚痴をこぼせるのだ。思えばシードルやグラスを冷やすのも、朝起こすのも自分の係じゃないかと再確認した。
「そうだったんだー」
「だから抱きつかないでくださいってば!」
謎が解けてすっきりしたのか、にんまりとした恵比須顔で小さな少年の体を嬉しそうにベルは抱き寄せた。
「そっかそっか! ありがと!」
「なんなんですかもう……」
抱きつきから解放しつつ、話が繋がらないシャルルを気にせずにズンズンとベルは歩を進める。その先は昨日と同じアベニューから一つ外れた、サロンと雑貨屋に挟まれた小さな花屋。
「あれ、なにか忘れ物ありましたか? 掃除してても気付きませんでしたけど……」
その声が聞こえなかったわけではないが、それよりも重要なことを心に決めており、ベルは緊張から余裕がなかったのである。深呼吸も一度ではなく、二度三度。
そのただならぬ気をシャルルも感じ取った。
「……?」
なんとなくそれ以上声を掛けづらい雰囲気を漂わせており、首を傾げつつシャルルは店内へ入っていく。
ベルもぎこちない動きでそれに続いた。
不審には思ったが、昨日今日でピアノについて考えることがあったのだろう、と脳内で反芻して結論を出したシャルルは、特に追求する事はしなかった。それで姉さんと話したいことでもあるのかもしれない。
「ただいま姉さん」
「おー、おかえり。だがなんだその後ろのは」
彩られたきらめく店内では、手つきの籠でアレンジを作り終えたところらしいベアトリスが、立ち上がってくびれもほとんどない、色気とは無縁な体型の尻をはたいているところだった。そしてエプロンももう一度しっかりと縛り直す。
「またシードルか? 好きに飲んでいいぞ。いい感じに冷えてるはずだ」
「冷やしたのは僕だけど」
「知らんな」
こういう性格だと熟知しているらしく、「はいはい」と適当にシャルルは濁す。都合のいいこと、花のことの記憶力は半端ないが、それ以外のことは記憶する気もないのはいつものことであった。
「あ、ベル先輩は部屋でくつろいでいてください。すぐに持っていきますから」
昨日と同じような流れだ、と思い返しつつ右奥の暗く光る部屋へ促すシャルル。だが、ベルは思い詰めたような表情で軽く俯いており、それが気にかかった。
「ベル先輩? どうしたんですか?」
「なにか言いたいことがあるんだろ? 言ってみろ、聞くだけ聞いてやる」
相も変わらず、これから起きることがすべてわかっているような言い回しで、ベアトリスは発言をそそのかした。実際にわかっているかどうかは彼女しか知らないのだが。
すう、と最深部まで到達するような深呼吸をし、息を整える。心臓の鼓動が速いテンポを刻む、そのいいタイミングを見計らってベルは切り出した。
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