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Sonora 【ソノラ】  作者: じゅん
マルカート
216/319

216話

 一応。一応シャルルは確認。形式的に。


「だってこのあと取りに来るんじゃないの? それ」


 先ほど抱き抱えるほどに大切に? していた花篭のアレンジメント。これだけでも充分に売れるほどに良くできている。


 だが、それを弟に手渡し、ベアトリスは全てにリセットをかける。


「まだ時間はある。それまでに終わらせる。そのアレンジメントはお前にくれてやる」


 そして集中は新しい花へ。もちろん、すでに作ってあった花が失敗というわけではない。これも正解。だが、今から作るものは無数にある正解のまたひとつ。だとしたら。


「な、なんかすごく嫌な笑い方してるけど……」


 姉から「ヒヒヒ……!」という声が漏れているのを捉えたシャルルは、触らぬ神に祟りなし、とその場を離れる。の前に。


「シャルル。一方通行な愛。お前だったらどんなものを作る?」


 珍しく、唯我独尊店主のベアトリスが他人に参考までに聞いてみている。あくまで参考。いや、参考にもしない。


 一度「僕?」と、シャルルも確認しつつ、数秒考えて答えを出す。


「叶わない、ってことでいい、んだよね? うん……そうだね、僕だったら次の恋に素早くいけるように、ローダンセとか。止まらないような、そんなアレンジメントに——」


「私もそうだ。そうだった。諦めも大事だと。当たって砕けてこい、とアドバイスしただろう」


 ほんの少し前の自分だったら。そうだったからこそ、今、弟が持っているアレンジメントに到達したわけで。横目で確認したベアトリス。そして次の花へ。


 抱える少しの重みに耐えつつ、シャルルは疑問が浮かぶ。


「……今は違うの?」


 そんな、いきなり考えが変わるような、そんな衝撃的な出来事が……あった。ついさっき。頬が赤らむ。


 過去のことは忘れ、経験値だけいただくベアトリス。なにもかも許せているわけではないが、起きてしまったことは仕方ない。それよりも今。自分のすべきこと。


「違う。なぜもっと早く気づけなかった。リストも。ロッシーニも。シューマンも。そうだ、これが私の心の小さな『愛の花』だ」


 アンデルセンへ。また変わるかもしれないけど。今の私はこんなです、と結論。


「???」


 さっぱり理解が追いつかないシャルルの眉間に皺。姉はいつまで経っても、自分の枠内から外れている。


「お前はわからなくていい。おい、リオネルに電話だ。あいつのせいでこんなことになったんだ、花を持ってこさせろ。あいつのところならあるはずだ」


 ひとつ。メインとなる花が足りない。それこそが今回の目玉。まさか使うとはベアトリスも考えになかったので、ないのも仕方ないと言えば仕方ない。


 このタイミングで? と思いつつも、シャルルは少し気にはなってきている。昨日とは違う考え。新しい姉のアレンジメント。


「いい、けど。なんの花? ここにないの?」


 というより、今まで必要としたこともなかったので、仕入れたことすらない。だが、いつか作ってみたいと思っていたその花のアレンジメント。少し興奮気味のベアトリス。


「あぁ。ここでは取り扱わない。それは——」


 花の中でも少し異色な。だが、美しく妖艶で。アレンジメントで主役になるであろうモノ。


「……え?」


 たしかに、この店では見たことのない花の名に、シャルルは驚きを隠せない。なぜならそれは『恋愛』というものと絡めると、少し危険な気がしないでもない。


 その反応。ベアトリスの思考と共有できている。欲しかったレスポンス。


「読めたか? そうだ。古今東西、今も昔も恋愛なんてものは——」


「……ものは?」


 ものすごーく、嫌な予感にシャルルは支配され。そして。


 ニヤリ、今日一番の悪い顔でベアトリスは締める。


「『強奪』で出来上がっている」


 くくく……と、悪巧みを凝縮したような高い声が店内に小さく響いた。より悪辣さを増す三段笑い。


「……やっぱり……」


 こういう時はもう止まらない。シャルルは匙を投げると同時に、顔も知らぬ受け取り人に心から謝罪した。

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