215話
そして全ての愛を教授し終えると、シルヴィは深く息を吐いた。
「……ふぅ。これでよし。なに、礼には及ばん」
バンバン、と女生徒の両肩を叩く。これで闘魂も注入。うん、いい感じだ。
ゆらゆらと揺れ、おぼつかない足取りで、首も座らないベアトリス。生気が抜けている。少し紅茶の味がした。
「……」
虚ろな目で弟を確認。思ったよりは元気そう。よかった。いや、よくはない。
ここまで弱り果てた姉の姿を見たのは、長いこと一緒にいるシャルルにも初めてかもしれない。大切ななにかを奪われたような。いや、実際に奪われたわけだが。
「ね、姉さん……?」
口の端から涎が垂れている。く、狂おしいってこうなるの……?
肺から搾り出すように。力の限りでベアトリスは声を発する。
「……事故にあったと思え。忘れろ」
ところどころ掠れた、末期状態。脳が焼き切れる。肋骨も痛い。というか全身。腕の関節とか。尾骶骨とか。
うまいこと『愛』をインストールしてくれたと判断し、上機嫌のままシルヴィは踵を返す。
「じゃ、そういうわけで。また愛が欲しくなったら言ってくれ。じゃーなー」
風のように。姉弟がドアに目を向けた時にはもういない。本当にいたのかさえ怪しいほどに、静かなそよ風が流れる。
その場にへたり込むシャルル。重力に負けた。
「……なんだったの、一体……?」
やっぱり夢? 夢だった? だが、まだ頬が痛い。唇も濡れている。現実です……! これが現実……! しばらくは色々な意味で立ち直れなそう。
同じように倒れ込みながらも、ベアトリスは右手を軽く握って、人差し指の第二関節を噛む。気を失わないように痛みを与えつつ、考え事。そして、チラッと今日、渡す予定だったアレンジメントを横目で確認。
「姉さん?」
静かに目を瞑り、脱力しきったその姿に、シャルルは心配する。自分以上にダメージが大きい?
数秒間そのまま。顔を上げたベアトリスは、小さく浅く複数回呼吸。アレンジメント。自分の思う形とズレが生じている。
「……作り直しだ——」
先ほどのどこが愛だ。相手の気力を奪ってどうする。なんでもかんでも許されると思うな。おかげでまた——。
「作り直し、って。えぇ……? また新しいの?」
もうすぐ時間だというのに。唐突に予定変更する姉に、シャルルは聞き返す。が、どうせ一度決めたら無駄だというのもわかっている。
「……自分の納得のいかないものを出すわけにはいかない。それに、それを手間だと思うなら、この仕事は向いていない」
素早く準備に取り掛かるベアトリス。新しいモノは浮かんだ。それに向けて最短距離で道を辿る。




