214話
フヒ、と小さな声。バキバキに血走る目でシルヴィは少年の前。
その少年、シャルルはキョロキョロと目を動かし、体は硬直したように動かない。く、食われる……?
「あの……なに、を?」
なにを? もうシルヴィの結論は出ている。おっと、ヨダレ。
「足りないもの。それは……『愛』、だそうだ」
真剣な眼差しで告知。遊びは……あまりない。
体内の水分さえも震えそうな、そんな重低音にシャルルの目が白黒する。
「……と言われましても……うにゅッ!」
乱暴に両の手で顔を挟まれた。変な声が出る。唇は突き出し気味。声だけでなく、顔も歪む。
今度は遠い目で視線を合わせるシルヴィ。覚悟は決まった。そんな雰囲気。
「……シャルル、お前は……
『情熱的な愛』
だ——」
深く息を吸い込む。
そして息を止める。と同時に。
甘い吐息と。
甘美な口づけ。
時が止まる。
外の雑踏。石畳を歩く靴音。それがやけに耳に届く。扉を間に挟んでいるのに。
「……あ……?」
……目の前で弟が吸われている。初めての光景に、いつも冷静沈着なベアトリスもそのままフリーズして、口を開いて眺めるだけ。今、なにが起きている?
「……? ……んー?! んー!」
ポカン、とされるがまま。正気を取り戻し必死に抵抗しようとするシャルルだが、相手は女性とはいえ、子供の力では敵わない。魂までたいらげようとするかのような吸引力と、頭を固定する腕力の前にひれ伏す。
ほのかな紅茶の香味に、キスってこういう味なのか、と新たな発見をしたシルヴィ。レティシアとベルにも教えてあげよう。
「ぷはっ。どうだ? 成長した?」
数秒後、素潜りで海面から上昇してきたかのように、荒くなった息で問いかける。これで三レベルぶんくらいは経験値がもらえたはず。
「ど、どうって……」
これは……夢? シャルルは現実逃避。
ハッと意識が戻ると、同時に一気に怒りが込み上げてきたベアトリス。徐々に。静かに。そのボルテージが溜まっていく。
「……おい、お前今、自分がなにをしたか——」
「ベア。お前は『狂おしいほどの愛』だ」
今度は少女の前。サイズは一緒くらい? すでに一度体験したシルヴィは、なぞるようにその頭を掴む。笑みが溢れる。
当然、抵抗を試みるベアトリス。が、右に同じ。
「話を——」
その薄いが艶があり、普段、文句と罵詈雑言しか発さないその唇も。
弟と同様、むしろより濃厚に。ジュゥゥゥ、という水々しい音まで静かな店内に響き渡る。
「あ」
自身の唇に触れながら、シャルルはまるで他人事のような、俯瞰したような視点からその様を眺めた。なぜだろう、とても冷静。姉さんは自分と違って声を漏らさないんだ。狂おしい、のほうが激しいんだ。離れようとする、というよりかは、暴れているような。なるほど。
いや、なに言ってるんだ自分?




