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Sonora 【ソノラ】  作者: じゅん
マルカート
214/319

214話

 フヒ、と小さな声。バキバキに血走る目でシルヴィは少年の前。


 その少年、シャルルはキョロキョロと目を動かし、体は硬直したように動かない。く、食われる……?


「あの……なに、を?」


 なにを? もうシルヴィの結論は出ている。おっと、ヨダレ。


「足りないもの。それは……『愛』、だそうだ」


 真剣な眼差しで告知。遊びは……あまりない。


 体内の水分さえも震えそうな、そんな重低音にシャルルの目が白黒する。


「……と言われましても……うにゅッ!」


 乱暴に両の手で顔を挟まれた。変な声が出る。唇は突き出し気味。声だけでなく、顔も歪む。


 今度は遠い目で視線を合わせるシルヴィ。覚悟は決まった。そんな雰囲気。


「……シャルル、お前は……



『情熱的な愛』



 だ——」


 深く息を吸い込む。


 そして息を止める。と同時に。




 甘い吐息と。




 甘美な口づけ。




 時が止まる。




 外の雑踏。石畳を歩く靴音。それがやけに耳に届く。扉を間に挟んでいるのに。


「……あ……?」


 ……目の前で弟が吸われている。初めての光景に、いつも冷静沈着なベアトリスもそのままフリーズして、口を開いて眺めるだけ。今、なにが起きている?


「……? ……んー?! んー!」


 ポカン、とされるがまま。正気を取り戻し必死に抵抗しようとするシャルルだが、相手は女性とはいえ、子供の力では敵わない。魂までたいらげようとするかのような吸引力と、頭を固定する腕力の前にひれ伏す。


 ほのかな紅茶の香味に、キスってこういう味なのか、と新たな発見をしたシルヴィ。レティシアとベルにも教えてあげよう。


「ぷはっ。どうだ? 成長した?」


 数秒後、素潜りで海面から上昇してきたかのように、荒くなった息で問いかける。これで三レベルぶんくらいは経験値がもらえたはず。


「ど、どうって……」


 これは……夢? シャルルは現実逃避。


 ハッと意識が戻ると、同時に一気に怒りが込み上げてきたベアトリス。徐々に。静かに。そのボルテージが溜まっていく。


「……おい、お前今、自分がなにをしたか——」


「ベア。お前は『狂おしいほどの愛』だ」


 今度は少女の前。サイズは一緒くらい? すでに一度体験したシルヴィは、なぞるようにその頭を掴む。笑みが溢れる。


 当然、抵抗を試みるベアトリス。が、右に同じ。


「話を——」


 その薄いが艶があり、普段、文句と罵詈雑言しか発さないその唇も。


 弟と同様、むしろより濃厚に。ジュゥゥゥ、という水々しい音まで静かな店内に響き渡る。


「あ」


 自身の唇に触れながら、シャルルはまるで他人事のような、俯瞰したような視点からその様を眺めた。なぜだろう、とても冷静。姉さんは自分と違って声を漏らさないんだ。狂おしい、のほうが激しいんだ。離れようとする、というよりかは、暴れているような。なるほど。


 いや、なに言ってるんだ自分?

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