213話
そしてそれを深いため息で出迎えるのはベアトリス。全身から吐き尽くすようなディープストローク。
「……帰れ」
疲れがどっと増す。開店と同時に、いや、閉店間際であっても出会したくはない類の面倒な客。客ですらないかも。
ピリピリとした空気を感じつつも、間に割って入るシャルルはとりあえず現状の確認。
「シルヴィさん。どうされたんですか?」
来店の予定もなかった上に、いつものメンバーでもない。単独。三人で来られても不穏だが、ひとりだとよりそれが増す。
当然の如くベアトリスは塩対応。
「かまうな。帰らせろ」
今まででも『いてくれてよかった』と思ったことはない。むしろ逆。ならお帰りいただく以外に選択肢は皆無。
だが、そんな尖ったオーラもシルヴィには簡単に弾き返され、かすり傷すらつくことはない。
「まぁそう言うなよぉ。二人のために来たんだから」
妙に甘ったるい、煮詰めたガムシロップのような、くどさのある声色で店内を歩き回り、アレンジメントと二人を観察。
「どうせロクなことではないだろう。今まで有益なことがあったか?」
ぎゅっと、今日手渡すことになっている、傍に置いておいたアレンジメントをベアトリスは抱きしめた。なぜだか、不安に駆られる。
このままでは姉の機嫌がどんどんと悪くなる、つまりその代償は自分にくる、と理解しているシャルルは場を静める。
「まぁまぁ。それで、僕達のためというのは?」
聞くだけは聞くが、たぶんどうでもいいことだろう、と予想はしている。姉と同じ意見ではある。
一度真顔に戻ったシルヴィ。そしてまた笑う。まずはこちらからにしようか。
「リオネル曰く、お前達に足りないものがある、と」
それを今からあたしが教えてあげるわけで。じっくり。ゆったり。忍び寄る。
首を傾げ、シャルルは想像を膨らませる。
「足りないもの? そりゃ、まだまだですけど……」
と言ったところでなんとなく、背筋が寒くなる。圧を感じ、一歩後退。
逆に一歩前進し、立ちはだかるようにベアトリスは睨みをきかせる。
「なんだ? 言うだけ言ってみろ」
どうせつまらないこと。そもそもこいつに語れるだけの知識はあるのか? というかリオネル。文句がまた増えた。単細胞に余計な話をするな、あとで小一時間は説教だ。
両の手のひらを下に向けて「落ち着け」とジェスチャーを入れるシルヴィ。苦しゅうない。
「オーケーオーケー。もっと早く教えてやることができたらよかったんだけどな。ま、しょうがない。過ぎちゃったことは——」
「くどい。やっぱりさっさと帰れ」
いちいち鼻につく動作が、元々気の短いベアトリスをさらに刺激。結局なにが言いたい?




