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Sonora 【ソノラ】  作者: じゅん
マルカート
205/319

205話

 その後、店を出た頃にはすっかり外は暗くなっていました。寒さも厳しくなってくるこの頃、クリスマスマーケットも近づいてきていますから、街の賑わいが楽しくもあり、どこか寂しさもあり。こんな日はさっさと帰って寝るのがいい。それはわかっています。


 ですが今、自分の足は学園に向いています。そして頭の中には『コントラバス協奏曲』が流れています。手には先ほどのアレンジメントを持ったまま、ふと口ずさむほどに。浮かれているように見えるでしょうか。


 自分は、世界一を目指していません。彼女に近づきたいがために音楽を始めました。不埒な目的かもしれません。


 音楽科のホール。


 フラッパーゲート。


 気まぐれ。そう、ただの気まぐれに楽器を弾く。それが自分なのです。本気でやっている人達を知っているから。自分はこの世界の主役ではない。本気で目指している彼女と向き合うことはできない。


 だけど。それでも。


 外と隔絶するための扉。


 もしかしたらもういないかもしれない。それでも手にかける。すると、聴こえてくるのは歯切れの良いスタッカートの嵐。軽やかで無邪気なメロディ。今の季節を想像して選曲したのだろう、というのは簡単に理解できました。


 ドビュッシー作曲『雪は踊っている』。この雪は、きっと乾いてサラサラとした雪。雪にも重力は働いていますから、上から下に落ちていく。それは必然です。


 ですが雪の妖精が地表を覆う様を描いたこのトッカータは、そういった法則を無視したかのように、上へ横へキラキラと結晶が舞うのです。上昇したり並行したりする音階。旋律に雪がまとわりつくように、この曲は雪のダンスを表現しているのです。


 この瞬間だけは、世界が凍りつく。息継ぎもできないほどに。そして邪魔をしないようにゆっくりと、自分はその扉を閉めてしまいました。ほんの数小節、ひらひらと舞う彼女の音を聴けただけで満足なのです。


 手にしたアレンジメント。ヒマワリの重たすぎるメッセージ。それを眺めながらひとり、どうすればいいのかわからない答えを抱いて、ため息が漏れるのでした。

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