196話
そこに勢いよくベアトリスはストローを捩じ込む。ディアボロの入ったグラス。中身が揺れ、数滴、テーブルに溢れた。
「くれてやる。欲しそうな目をしていたしな」
「んー、んんー?」
突然のことで目を見開いたベルだったが、なんとなくそのまま吸い込む。あ、甘くて爽やか。
それなりに楽しめた。イスから立ち上がり、店内をゆっくり歩きまわるベアトリス。
「飲んだらそろそろ帰れ。それは持って帰っていい」
それ、とはもちろんアレンジメント。置いておかれても困る。持って帰って飾ればいい。
ふと入り口のドアからシャルルは外を見る。だいぶ暗くなってきていることもあり、それには賛同する。
「そうですね、そろそろお客さんが来ます。また勤務時間外でもなんでも遊びに来てください」
「来るな。私は許可していない」
花に目をやり、来客時間までに作るアレンジメントを脳内で構築。しながらベアトリスは甘さもなく拒否。
最後までディアボロを飲み切ったベルは、気分も爽やかに帰り支度。割れないようにグラスは細長いケースに入れ、入り切らないギボウシはラッピングして別にする。家に帰ったら作り直そう。
「ダメでも来ます。目標なんですから。じゃ、またバイトの時間に」
その背中を横目で見送ったベアトリスは、アレンジメントをやめて再度イスに座る。
「おかわり」
そして再度要求。飲み足りない。飲まれてしまったから。味を変えてグルナディン。ザクロ味。
だが、些細な仕草に変化があるのを、一番身近にいるシャルルは気づいている。
「……嬉しそうだね」
本当に機嫌が悪かったら、もうどっかに行ってるはず。アレンジメントがしたくてたまらない、ということは触発されたから。つられて自身も気分が上がる。
睨むように目線を向けるベアトリス。
「どこが」
「全部」
自分では自覚ないのか、とシャルルはつい頷いてしまう。だが、それでこそ姉。なんだか落ち着く。
「……たしか、最初に私があいつに教えたのは『花はお喋りなものだ』ということだったな。だからこそあえて、自らは語らず。なかなか応用が効くじゃないか」
目を閉じて、もう一度先ほどのアレンジメントをベアトリスは思い出す。悪くない。自分にはないアイディアだった、かもしれない。
口ではなく、その雰囲気で喜びを語る彼女に、シャルルもつい口を挟む。
「やっぱり嬉しそう」
「それはない」
即座に否定するベアトリス。ない、それは。それはない。何度でもしてやる。
「私は目標にならない。花は誰かを目標にしないほうがいい。師匠なんてのもないほうがいい。導いてくれるのは——」
「いつもお客さん、でしょ? 忘れてないよ」
ずっとベアトリスが父から言われてきたことを、そしてシャルルにも受け継がせる。教わったことはただの知識、実践してこそ実力となる。これから迷うたびに心の中で反芻する言葉。
「そういうことだ。お前も自分だけの花を作れ。それ、お客さんが来たぞ」
ドアが開いたことに気づいたベアトリス。接客は弟に。ここからまた日常へ。
三つの星。
画家のゴッホは言った。
《たしかなことなど何もわからない。だが、星の光景はいつも私達に夢を見させる》
夢を見させるとか、そんな大層なことなんてできないけど。それでもフローリストだって、それくらいの気概は持ってたっていいんじゃない?




