191話
体長五ミリほどのウンカと呼ばれる小虫。それが茶葉を噛み、ダージリンがその部分を修復しようとする時に抗体物質『ファイトアレキシン』が発生することで、この風味が生まれると言われている。なんとも不思議なカラクリである。
もうひと口。含んだところで喉に残る清涼感。ベルはなんとなく覚えがある。
「……ほんの少し、マスカットのような——」
風味。だからマスカテル?
「そう表現する方も多いですね。正確には、マスカットの風味が発生しているものをマスカテルというわけではなく、毎年出来次第で基準が変わりますが『本当にいいもの』に付けられる名称だと思っていただければ」
とはいえ、紅茶も相当に奥が深い。ひと口に語れるものではない、とシャルル。
マスカット。果物。そこになにかヒントが隠れているような気がしてならないベルは、さらに追求していく。
「……たしか、初めてここに来た時、私は最初に——」
「最初? えーっと、結構歩き回っていたってことは覚えていますけど、そのあと……」
そのあと。というか、店に着いて、の前。なにか提案をしたような、とシャルルは過去の記憶を辿る。
その時。第三者のような空からの視点で、ベルが状況を思い出す。散々シャルルに甘えながら。そして。
「喉、乾いてた」
その後、砂漠に雨がもたらされたように。潤って。フローラルフォームに水が浸透するように。
「そういえばそうでしたね。それでたしか……」
思い返しながらシャルルはキーパーを覗く。たしか冷えていたから。それを飲んで。
使ったのは、丁寧によく磨かれていたもので。ベルの中で繋がる感覚。
「……ソノラにおける自分自身。見えた、と思う」
なんだろう、少しボーッとするような。でも手応えがあって、それと決めたらそれ以外思いつかなくて。
なんだか不安になる問答だが、ひとまずの決着がついたようでシャルルも流れに乗る。
「そ、それならよかったです……」
自分はなにか力になれたのだろうか。その感触がないので、頭に疑問符がついてしまう。
決断はできた。だが、興奮するような熱さはなくて。すごくひんやりとした、静かなアレンジメント。その最後のピースをベルは得ようとイスから立ち上がる。
「てことで——」
「?」
その様をシャルルは見つめることしかできない。なんだろう。
「一個、借りるね」
そう宣言したベルが、レジ横のキーパーを開く。そしてそこにある『それ』をひとつ——。




