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Sonora 【ソノラ】  作者: じゅん
オーベルテューレ
19/319

19話

「ほれ、仕上げだシャルル。まだこれで終わりじゃないんだろ?」


「もちろん」


 不意をつく言葉に、一瞬ベルの思考が停止した。まだ、終わりじゃない?


「仕上、げ?」


 たどたどしい口調でシャルルに問い詰めると、ユリの花弁を掌に乗せて一呼吸置いた後にしみじみと語りだした。


「なぜメインとしてユリを置いたか、わかりますか?」


「え、だって鍵盤をイメージして、なんじゃ――」


「もしそれだけだったら七○点だったがな」


 厳しいな、とシャルルは肩をすくめて語を続ける。


「花言葉、というものをご存知ですか? すべての花には語る言葉、意味があるんです。例えばバラなら種類にもよりますが、『愛』や『美』などでしょうか」


「ユーストマは『よい語らい』、ガーベラは『悲しみ』、カサブランカは『威厳』、色の付いたカラーは『情熱』といったところか。意味は一つじゃなかったりするがな」


 使用したユリ以外の花言葉を淡々とベアトリスは補う。


 だが、だからこそユリの花言葉をベルは余計知りたくなった。


 視線で呼びかけられたシャルルは、目を瞑り胸に手を当てた。



「――『無邪気』です」



「むじゃ、き……?」


 はい、とシャルルは頷く。


「誰しも、それを好きになった経緯が必ずあるものです。その道のプロであれアマチュアであれです。そしてもしその道を進もうと思ったときは、富や名声でなく、ただ単に『好きだから』『楽しいから』が根底にあったはずなんです。それをもう一度確かめてみる、これはそのための、ベル先輩への一作です」


 いつからだろう、才能などとつまらないことを考えるようになったのは。


 思い出すのは、ペダルまで足が届かなかった自分の代わりに、そして一緒に弾いて、そして抱きしめてくれた母親と、弾き終えると頭を撫でてくれた父親の姿。


 ただ、ピアニストになると純粋に信じていたあの時。


 家族、そして自分のために弾いていたあの楽しい時間。ふと、ユリからイ短調が聴こえた気がした。


「……限界って、なんだと思う?」


 心地よい沈黙の後、花を真上から覗き込み、表情がばれないようにベルはシャルルの答えを待つ。


 しかし、泣いているのはバレバレである。


 シャルルは呆れ顔のベアトリスと顔を見合わせた。


 「私は知らんぞ」という細かなベアトリスの合図を感覚でシャルルは受け取った。だから彼は自分にとってのそれを言葉にして取り次いだ。


「『苦しみは人間を強くするか、それとも打ち砕くか、自分の内に持っている素質に応じてどちらかになる』。熱が冷めないのであれば、前者であると、僕は信じたいです」


「カール・ヒルティだな」


 ベアトリスが言った学者かなにの名前は聞いたことなかったが、ベルから迷いが消えた。


 もしかしたらそれはとっくに気付いていたのかもしれない、でも確信を持って今なら言えた。


 このシードルにも届くように、小さいが、精一杯の力を詰め込んで、心の底から湧いてくる形のない物質を凝縮させた。


「あたし……ピアノが好き、大好き……」


 やっと言えたその言葉。


 それを待っていたかのように、ベアトリスが頬杖をついて提言する。


「だったらさっさと帰って弾くのがいいんじゃないのか? 『思い立ったが吉日』だ。よく覚えておけ」


「どこの国の言葉なの、それ?」


「忘れた」


 そのやり取りに声を出してベルは笑った。どこが面白かったのかわからない、と姉弟は顔を見合わせたが、まぁいいか、と息を吐いた。


 芯の通った瞳。その濁りのないヴァイオレットでベルはお願いをする。


「ねぇ、これ貰ってもいい? って、売り物か。お願い、売ってくれない?」

続きが気になった方は、もしよければ、ブックマークとコメントをしていただけると、作者は喜んで小躍りします(しない時もあります)。

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