188話
たしか、雑踏をずっと見ていた、気がする。自分だけが弾き出された輪の中のような気がして。レールから踏み外したような。
思えば色々あった、とシャルルは胃が痛くなる。現在進行形で、だが。
「あれからまだ一ヶ月くらいしか経ってないんですよね。もうすごく前のように感じます」
かなり密度の濃い一ヶ月。ランジス市場に行ったりもした。
そんな中、なにかとっかかりのようなものを感じるベル。再スタートをきったきっかけのこの店。今はそれが全て。
「……私の始まり……」
「? どうかしましたか?」
やはりいつもと様子の違う彼女に心配が勝る。シャルルは顔を覗き込んだ。こんな真面目な姿、初めて見たかも。
あとひとつ。なにかあとひとつ。様々な観点から次に手をかける位置をベルは探す。そんな時に頼りになるのはやはり他の人。
「……初めて会った時と、今の私。なにがどう変わったとか、なにかある?」
問われたシャルルは頭を揺らして思い返す。が、やっていること。自分への接し方。姉とのやりとり。結論。
「……あんまり」
変わっていない。だが、それが心地よかったりもするのだが。
とはいえ、そのことが逆にピースとなる場合もある。ベルは天井を見上げた。
「この店が私の全て。ピアノも花も。友人もなにもかも、ここが全て」
花の声。音が降り注ぐような感覚。こういう時はだいたいいい演奏ができる。気がする。
だが、今日に限ってのその変わりようにシャルルの表情が歪む。コロコロと変わるため忙しいが、原因はたぶん。
「……また姉さんになにか——」
「手伝ってもらっていいい? 今回のテーマは『自分自身』。でも、知識が足りない」
熱量と冷静さのちょうどいいバランス。そんな脳内でベルが描いた花の像。一部ボヤけているので力を借りたい。
なぜだかシャルルは、今から作られるであろうアレンジメントが「面白そう」と心の中で閃いた。そういうのは大歓迎。
「……わかりました。まず、どんな風にしようと思ってますか?」
その手助け。どこまでできるかはわからないけど、やれることをやってみたい。
花は決まった。だが、少し物足りなさを感じるアレンジメント。ゆえに、ベルとしては最後に締める部分。そこのバリエーション。
「なんかこう、個別に分けられるようにできる手法とか、あったら教えてほしい、かな?」
その提案に、自身ではまだ作ったことはなかったが、試してみたいと思っていたものがシャルルにはあった。そのすぐそばのバケツに水揚げされていた、葉の大きな植物を手にする。
「個別……となるとこのハランなんかいいかもしれないですね」
艶のある多年草。元々は中国の大きいラン、という意味でバランとも呼ばれていたが、いつの間にかハランと変わった植物。葉には殺菌効果もあり、食べ物を仕分ける時に使われることも。




