186話
それらしい理屈を今考えて並べるベアトリス。
「こっちのほうが勉強になるだろう。いつまでも受け身じゃダメだ。私の依頼主であろうと、仕事を奪うくらいの気持ちでやらないと、成長はない」
しかし当然焦るベル。変な流れになっている。
「ちょ、ちょっと待ってください? 私が、アレンジメントするんですか?」
悩み相談に来た側ですけど?
一度決めたことは覆さない、そんなベアトリスの強い意志。弟子は経験値を積める。自分は楽ができる。うーん、一石二鳥。
「そうだ。なにか問題あるか?」
あっても聞かないけども。
ベルの胸に去来するのは嫌な予感。
「……なぜ?」
私のため、とか大層な名目でやらせようとしているんだろうけども。少しの期間とはいえ、一緒にいてわかったことがある。
今日一番の悪どい顔でベアトリスは秘めた胸の内を明かす。
「お前の困っている顔が面白そうだからぁ」
一石三鳥だった。訂正訂正。
「……ちょっと待って、呼吸できない」
天井を見つめ浅く呼吸を連続するベル。自分自身の内面を花で表現。ウェーバーが『舞踏への勧誘』を作曲して妻への愛を表現したように、内面をアレンジメントで。相手に贈る花、ではない。自分のための。
彼女にとっていつもとは違う、初めてであろうことはベアトリスも理解している。だが、即興で曲を演奏するように、どんなことにでも対応できる力が必要なのは事実。
「いつも相手から出されたテーマで作っているはずだ。そうではなく、フローリストが自分自身に必要だと思うアレンジメント。そういうこともある」
むしろ、自由にやっていいと言われるほうが作りやすいまである。最初は戸惑うだろうけども。
アドリブとはいえ、花はしっかりと四つの原則を守ればそれなりには見えてしまうもの。だがベルとしてはそれでいいのか、と葛藤する。
「そう……言われても、心の準備が……」
焦る姿を堪能したベアトリスは、次の絶望の姿を楽しむため、一度席を外す。
「私は上にいる。出来上がったら呼べ」
そう言って扉の先の店奥の部屋へ。心なしか跳ねるように軽快なステップ。
閉まる音が全身に響く。ひとりきりになったことを実感したベルの心臓の鼓動は速い。今までになかった事態と状況。
「……ふー……」
高まる緊張を静めるべく、深呼吸を数回。しながら目だけは店内を追いかける。嫌でも飛び込んでくる色彩。そして花の立体感。津波みたいだ、と息を呑む。
「……とりあえず、見本の花を見て、インスピレーションを……」
誰かに行動の理由を説明して許可を得る。壁の棚に配置された、アンスリュームをメインとしたアレンジメント。これはどういう内面を写したものなのだろうか。




