177話
そんな無意味な争いが繰り広げられているフラワーアレンジメント専門店〈Sonora〉。店内はオスモカラーの床、そして壁や棚には無数のアレンジメント。店の奧にはシンクやエスプレッソマシンもあり、来客用として今日も働いてくれている。
騒がしい店内。そこに入店する人影。ドアに括り付けられた鐘が鳴った。
反射的にシャルルは出迎える。
「あ、こんにち——」
「なにをやっているんだ、バカらしい」
開口一番、厳しい口調で罵るのは、この花屋の店主ベアトリス・ブーケ。基本、機嫌は悪いことが多い。それもこれもこの三人が大体の原因。
この店の長が来た、がしかし、レティシアの態度はそのまま。むしろ少し口角が上がる。
「せっかくだし、花の基本を私達も学ぼうと思って。バイト代とかはいらないわ」
ここ、ひいてはシャルルと一緒にいるための口実。別に本気で詳しくなろうという気はさらさらない。ついでに知識がついたらいいか、程度。
その上からの言い方に、立場的には一番上のはずのベアトリスは、静かに憤慨する。
「なんで習っている身でもらえると思った? それにそういう講座はやっていない。他で受講してこい」
どっかの暇そうなM.O.Fが開催しているレッスンがある。お願いすれば、ヤツならタダでやってくれるかもしれんぞ?
しかし、黙っていることができず、そこに割り込むシルヴィ。対象の相手が若干怒り気味ということなど気にせず、近づいて肩を抱き寄せる。
「いや、そんなカッチリとしたの嫌だし。向いてないし。ここなら楽しんで学べそうじゃん?」
やはり学習は嫌々やっていても身につかない。前向きだからこそ吸収する、と主張。
その手を払いのけ、下から見上げるベアトリス。
「お前も。ここは職場だ。利益を出さなければいけない場所だ。わかったらさっさと帰れ。それに——」
「それに?」
見下ろすシルヴィ。柔和かつ、反応を楽しんでいる悪い顔。今度は頭をポンポンと優しく撫でる。
だが、当然それはベアトリスにとって怒りのスイッチになっている。
「馴れ馴れしい。いいから離れろ」
手首を掴んで投げ捨てた。
それによりバランスを崩すシルヴィ。
「おぉ?」
まさか抵抗されるとは。次からはもっと体を密着させて、対策を立てよう。反省? ないない。
「ただ役割を決めて、バランスよく整えて。それだけではなんの意味もない。どこをどう強調するか。あえてバランスを崩すことも視野に入れなければダメだ」
言ってしまってから、ベアトリスはハッとした。勝手に講義みたいになってしまっていることに。
とはいえ、本格的に習うつもりもないシルヴィからしてみれば、バランスだの強調だの。全くインプットされてこない単語だ。
「って言われてもなー」
それよりもベアに可愛い服を着させたりとか、シャルルを拉致したりするほうが刺激的だ。




