172話
「てことは、この花言葉とかが、そういうことになるのかな」
指先でオードは軽く触れてみる。ドライフラワーゆえに、カリっとした手触り。カルトナージュが少し派手なこともあってか、控えめな魅力のある花とでバランスがいい、気がする。
「イタリアンルスカス、このグリーン花の花言葉は『陽気』。キリゲリ、って言葉あるじゃない? 笑う人には幸福が訪れるって。それをこれは表現しているの」
フランスでは、病気になった時や辛い時などに「笑えば治る」という意味で、この言葉を使う。笑う事そのものに力があると考えられており、困ったらとりあえず言う、くらいにフランクに使われている。
ベルが続ける。
「そしてハイブリッドスターチス。意味は『お茶目』。ボンボニエールには様々な形、素材、装飾がある。だからこそ、たまには遊び心を取り入れてもいいのかな、って」
小さな花が枝分かれして咲き誇るハイブリッドスターチス。こちらもメインに対するアシスト役ではあるが、それだけでは終わらない控えめな主張。目を奪われる。
そして最後。メインとなる紫の多年草。
「ラナンキュラス・ピュイド。花言葉は……『幸福』。そのままだね。あえて捻らないほうがいいと思って」
薄い紙のように何層にも重なった花びらが、光と温度に反応し、開いていく。少しずつ、だが確実に。きっと、願いは叶う。
ラナンキュラス、ハイブリッドスターチス、イタリアンルスカス、そしてマツカサ。それらは普通に咲いているだけでは、ひとつになることはない。だが、フローリストを介することによって、こうやって出会うこともある。その組み合わせが、その人に音を届ける。
「……面白いよ。うん、面白い!」
顔を花に近づけてオードは香りを楽しむ。花器として持ち込んだカルトナージュは、今、香りと音を纏っている。自分の作品が、より色づいていく。
まず、オードが喜んでくれたことに、ベルはほっとひと息。精一杯ではあったが、それはビジネスという点から見れば、意味をなさない。頑張りよりも結果。ピアノでもそうだ。ひとまず、期待に添うことはできたのかもしれない。
「……よかった……疲れた……」
ただ選んで挿しただけなので、体の疲れというよりは頭の疲れ。だが、カロリーは相当消費したかもしれない。重力が増えたように感じ、その場にしゃがみ込む。
「大丈夫? でも、すごくいいと思うよ。あたしは花については素人だから、よくわかんないけど……そんなたくさん意味を詰め込んでくれてたんだ、って嬉しいし」
ただ『綺麗』『可愛い』という感想だけではオードは終わらない。じんわりと浸透してくる花の声。なにか嫌なことがあっても、少しだけ頑張れそう。このアレンジメントを、携帯で写真に収める。




