171話
「え、もう終わり?」
なんとなく、職人のオーラのようなものがベルから消え去った気がして、オードの声は上擦った。時間にしてほんの数十秒。ささっと、完成してしまった?
だが、ベルは自慢げにあとひとつ、文字通り花を添える。
「ふふーん。まだまだ。ラストにさらに追加するよ」
ひっそりと、店にインテリアとして置かれていた、『これ』も使う。使っているアレンジメントを見たことがある。面白いな、と感じていた。
ポン、と最後に花に混ぜられたもの。ボンボニエールから飛び出す、花達に支えられるように乗っかった小さな球果。
「これって——」
「そう、『松ぼっくり』。可愛いでしょ?」
マツカサとも言われるそれは、その独特な形状から、アクセントとしてアレンジメントに多々使われる。さらに、今回使用されたものはヒマラヤ杉のもの。これは特殊な形状をしており、それはまるで。
「……なんかさぁ、バラ、みたいな形してない?」
「正解。シダーローズってやつね。なんか気持ちいい違和感、ていうのかな。面白さが加わるよね」
見れば見るほどに疑問を抱くオードが気づいたこと。その球果の形が、まるでバラのようになっている。ベルが返答したように、ふんわりとアレンジメントに効いてくる。
まじまじと観察するオードだが、ひとつの可能性に行き着いた。
「……もしかして、この松ぼっくりって——」
視線をベルに変えると、ヴァイオレットの瞳と合う。
「そう。ボンボニエール、つまり砂糖菓子をイメージしたの。ポップコーンみたいに、弾けるような感じで」
ヨーロッパでは結婚や出産などのお祝い事の際に、ボンボニエールを贈る習慣がある。キャンディや金平糖などを入れる以外にも、食べ終わったらアクセサリーを入れる容器としても活躍する。その華やかなイメージに、バラが似合うとベルは考えた。
となると、この三種類の花にはどんな意味が。オードは先へ進む。
「メインがこの紫のだとして、これらはどういうヤツになるの? 聞かせてもらってもいい?」
テーブルに両肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せる。楽しみ、という意味を内包するポーズ。
なんとなく、この瞬間にベルは〈ソノラ〉の一員になれた気がした。求められる答え。そして、滑らかに伝える会話。
「それはね……ボンボニエールのもうひとつの意味。『幸福が宿る』。それを体現した、って感じかな」
ボンボニエールは、そのものに幸福が詰まっている、という風に考えられている。先のように祝い事に贈るのも、こういった考えから。『砂糖菓子』『幸福』、この二つこそが込められた意味。




