170話
それとは正反対に、オードは余裕を見せる。失敗してもしょうがないし、そもそもそんな急に、簡単にできるものでもないだろう。
「別に変なの作ったっていいよ。どんなのか見てみたいだけだから」
一応はフォローのつもり。二の足を踏むベルの背中を押す。
しかし、それがかえってベルにとっては重荷になる。気楽に、というのが枷へ。なにを作ればいい。
「……」
ドライフラワーなどを見てみるが、今ひとつ降りてこない。ボンボニエール、砂糖菓子、それでいて自由に。
様々な花に触れてみてはいるのだが、一向に決め切ることができないベル。そしてそれを見守っていたオードが、先の行動を思い出す。
「あれ、どうなの? さっきさぁ、弾いてたでしょ、ピアノ。なんかあれでいいアイディアとか出てきたら」
「……ピアノ?」
人にはやりやすい『型』のようなものがある。例えば曲をかけたり、なにか飲食したり、台所に立ってみたりして、集中しやすい方法が。それがもし、この子にとってピアノを弾くことであれば。そういった経緯で、挙げてみた。
気晴らしに、程度で出された案だったが、誰にとっては時が止まるほどに画期的、となることもある。
「……ピアノ」
再度口にして、実際に取り掛かってみる。試すだけ。ダメなら違うことを。こんな時に弾きたい曲。指先が宙を舞う。先ほどとは違う、もうひとつの『猫』。
「——」
ルロイ・アンダーソン『踊る子猫』。ワルツィングキャット。愛らしく、ゴロゴロと転がりながら、擦り寄って離れない。グアスタビーノとは違い、まだ屋根を伝ったりして、遠くまでは行かずに、寝て起きてご飯を食べる。
指が踊ると、ベルの頭の中で、花が組み合わさる。まだ拙いところはあるが、格段に完成形へと近づく。楽しい。一音ごとに、パズルが一枚ずつ。しっかりと浮かび上がる。そこで、ベアトリスから教授されていたことを思い出す。
《自分らしい花》。
もしかして、私らしい花って——。
「わかった!」
犬に吠えられて子猫が一目散に逃げる。弾き終わり、ベルにはやるべきことがはっきりとした。
今日二度目の晴れ晴れとした表情。オードもなんとなく、つられて笑みがこぼれる。
「いけそう? 楽しみにしてる」
感情の起伏が激しい。が、それも面白い。はたして、どんな答えが返ってくるのか。
使うものはやはりドライフラワー。紫のラナンキュラス。イタリアンルスカス。ハイブリッドスターチスの薄いピンク。多ければ多いほどいい、というわけではない。イメージするものは『子猫』。むしろ、少しこぢんまりしたい。
全てテーブルの上に置き、大きさを整え、あとは挿して形を整えるだけ。前のめりに作業していたベルが、一歩後ろに引く。




