168話
「……生まれる?」
考えたこともなかった着眼点に、しばらく考え込んだ後、オードは小声でブツブツと囁きながら、まわりに咲き誇る花を網膜に流し込む。まるでルービックキューブを遊んでいるかのように、手元はガチャガチャとせわしない。
「オ、オード?」
なんとなく、自分のせいでおかしくなってしまったような気がして、慌ててベルは彼女を正常に戻そうとする。余計なことを言ってしまったかもしれない。
「生まれる、か。それは考えたこともなかったな。花を『魅せる』ための花器、って考えてたけど、隠すためってのは……うん、面白いかも」
何度も頷きながら、噛み砕いてオードは咀嚼する。そして飲み込む。雲を掴むようだったイメージだったが、水滴が手に付く、くらいまでは届いたかもしれない。
思ったよりも好感触だったようで、ベルとしても一安心。なんでも言ってみるものだ。
「……なにか役に立てたなら嬉しい、かな。てか、本当は私、フローリストって名乗っていいのか怪しいくらいの歴だから、全然的外れなこと言ってるのかも。そしたら……やっぱごめん」
とはいえ、やはり花屋をターゲットにしたときに、参考となることが言えたかというと、なんとも微妙なところ。ベアトリスがいたら、なんらかの形でなじられていただろう。
沈み込むベルだが、それをオードが持ち直す。
「いやいや、なんで落ち込むかねぇ。どんなところにきっかけが落ちているのかわからないんだから、違ってたとしてもアドバイスくれたら嬉しいよ。脳の普段使っていないところを刺激されたみたいで、創作意欲が湧いたし」
事実。尖った作品であればあるほど、人々の記憶にも残るし、新しいカルトナージュが生まれる。過去の踏襲も大事だが、それを決壊させる『なにか』は大歓迎だ。
反応もいいことを確認したベルは、そこでやっと安堵のため息。全身の二酸化炭素を吐き出さん勢い。
「……なら、よかった。まだ自信がなくて。なんせ、ちゃんとしたお客様にアレンジメントをしたことがないから……」
全身も空になり、また無意識になると勝手に指が動き出してしまう。自制し、オードと視線を合わせる。
「ないの? ないのか……うーん……」
「……なんか、ごめん」
少し残念そうにしているオードを見かねると、つい反射で謝ってしまう。口癖になっている。そんな自分のことを、たまに嫌になるときもある。
「……」
沈黙を貫くオード。座り方を変えたり、まわりを再度キョロキョロしたりして、落ち着かない様子で言葉を探す。たっぷりと三〇秒ほど悩み抜いた結果、ひとつ、提案した。
「……ならさ、あたしが今から依頼したら、それが最初になる?」




