166話
ハッ、とベルは思い直す。
「あ……次のところ行く、予定あった……? だとしたらごめん……引き止めちゃって。ううん、気にしないで、よかったら、だから!」
語気を強調して、控えめな提案。そうか、相手の都合も考えなきゃ、と反省。それに、数打ってどこかしらで当たれば、そんな時間も必要ない。自分のことばっかり考えていた、とさらに追加で猛省。
「……」
少しの間検討し、結論を出したオードの歩は、店奥のテーブルへ。そしてイスを引き、座る。
「……え?」
突然、店でくつろぎ出したオード。それを目にしたベルは、口をポカンと開けた。
頬杖をついて、オードは待ちの体制に入る。
「? どうしたの? 一緒に考えてくれるんでしょ? 代わりに留守番、手伝うよ」
世の中はギブアンドテイク。お互いにメリットが必要。ならばと誘いに乗ることにした。実際、自分の考えだけでは限界があるような気は以前からしていた。ちょうどいい。
「……いいの?」
「いいから座った」
自分から言い出したことではあるが、まさか会ったばかりのオードが受け入れてくれるとは。思考がまとまらず、ベルはとりあえず着席。そして数秒無言。の、のち。
「で、どうしよ、っか……」
もちろん、なにも考えていなかったため、縮こまる。気持ちだけ先に突っ走った。
「どうしよっかって……まぁ、どんなのだったら受け入れてもらえそうとか、こういうのあると嬉しいとか。なんかそんなのある?」
若干呆れつつも、セオリー通りのオードの案が流れていく。即決したものだから、当然彼女にもこの先どうなるかわかっていない。相談と言われても。
とはいえ、ベル自身の血液の九割はピアノ。残りの一割弱がフローリスト。そんな自分がフローリストの求めるもの、など言えるわけもない。必死に唸るが、作業工程が頭の中でリピートされるのみ。カルトナージュが出てくることはない。
「うん……やっぱり花器ってのもいいんだけど……もうちょっと、なにか——」
「その『もうちょっと』が気になるんだけど」
ですよね、と至極真っ当なオードの指摘にベルは納得する。逆にピアニスト目線だと、どんなものが欲しいか。いや、ピアニストに売り込み行くことなんてないだろう。ピアニスト、という単語にふと指が反応する。
「——」
軽く口ずさみながら、コロコロ変わる今の気持ちをピアノの音で代弁してみる。困ったらピアノ。ブラジルの作曲家、グアスタビーノの『猫』。音域が広く、跳ねるようなリズム。それでいて自在な緩急。手を交差する弾き方も必要で、それが招き猫をイメージしているそう。福よ、来い。




