165話
顎を引いてオードはそれを受け止めるが、「仕方ないね」と納得する。断られるのには慣れている。またそのうち来ればいい。足取りは重くない。
「まぁ、そういうこともあるからね。ベルも気にしないで。今度、電話で確認してから——」
と、帰宅の意思を示そうとした瞬間、また電話が鳴る。
「……!」
今度は大声を出さなかったベルだが、やはり慣れない。おそるおそる電話を取ろうとするが、一度胸に手を当てて呼吸を整える。
「? 出ないの?」
その光景に疑問を持ったオード。留守番ということは電話番も。これが仕事でしょ?
しかし、大きく吐くベルの息は荒い。
「ちょっと待って。着信音がキリのいいところで取るから」
と、体全体でリズムに乗る。が、なかなかその先にいけない。電話越しであっても、いや、だからこそ会話が苦手だ。対面ならなんとかなるのに。
「……」
だが、見ていられなくなったオードは、勢いよく受話器を取る。
「あ……」
「はい、どうも。オーナーですか? 今、ちょっといないんですよ。はい、レストランの定期花の依頼ですね? 新規で? こちらから掛け直しますので、お店の名前と電話番号よろしいですか?」
か細い声でデクレッシェンドしていくベルの声をかき消し、代わりにオードが対応する。メモを書き、電話終了。それをテープで受話器に貼り付け、手を振って退散。
「それじゃ。またね」
去り行く背中にベルは「あ、ありがとう……」と感謝。
振り向きながらオードは笑顔を作った。
「いいよ、人間向き不向きがあるし。まぁ、こんなの来てたってことだけ伝えておいて」
と、爽やかに去っていく。まぁ、ダメ元だったし。次行こう、次。
「あ、ちょっと待って!」
つい、ベルは引き止めてしまった。カルトナージュまでもらって、電話まで引き受けてもらって。それでいて、自分は何も返せていない。せっかくここで会えた一期一会。なにか、自分がしてあげられることはないか。
「よかったら……一緒に花屋に受け入れてもらえそうなカルトナージュ、考えてみない? 花器もありだけど、なにかインパクトあるもの、とか」
とはいっても、できることなど、相談にのることくらい。フローリストの視点から、といっても見習いだけど、なにか『こういうのあったら嬉しい』という案が出せれば。
目を見開いたオード。その足は完全にベルの方を向き直した。
「いいの? それをしてもらえたら助かるけど。時間大丈夫?」
なにせ、留守番とはいえ、店を任されているらしいし。勝手なことをしていいのだろうか。怒られない?




