162話
M.O.Fともなると、サロンなどの高級なアレンジメントやコンポジションしかやっていないか、というと、そんなことはない。もちろん、取材などの仕事もあるが、人それぞれであり、逆に店売りや店舗でのレッスンがメインのM.O.Fもいる。
さらに、店の看板にもM.O.Fの名前を入れることが可能になる。すると、新しく店舗を作る際に、銀行からの融資が受けやすくなったりといったメリットもあるため、持っておいて損はないのだが、もちろん試験は難しく、そう簡単に通るものではない。
フローリストやショコラティエ、調香師にシェフなど、様々な種類があり、四年に一度の試験では、合格者が出ない部門もある。あえて受けない一流の芸術家もいるが、企業からの案件も大幅に増えることもあり、その名前の力は凄まじいものがある。
そして一〇区、〈クレ・ドゥ・パラディ〉。
ここでは基本的には、来店されたお客さんに対してのアレンジメントはやっていない。では、花屋の仕事とは他にどんなものがあるか。大きなイベントでの巨大なアレンジメントや、レストランや店舗への定期花。テラス付きのアパートへのガーデンの仕事など。その他にはレッスンもある。
そんなフランスを代表する花屋でひとり、素人のベルができること。
(水揚げとか……は勝手にやらないほうがいいね、うん。電話は……できればこないで……!)
祈ること。二つ返事で受けてしまったが、店番といっても、ただいるだけというのもつまらない。何かしたいのだが、なにをすればいいのかわからない。〈ソノラ〉ではアレンジメントがたくさん飾られていたが、こちらは切り花や鉢植え。勝手にアレンジメントの練習するのも気が引ける。
「うぅ……誰でもいいから、早く戻ってきて……」
最初の明るさはどこへ消え去ったのか、少しずつ不安が勝ってきた。そして心臓もテンポが上がる。一、二時間というけれど、まだ一五分程度でこの緊張。単純計算で八倍。口から飛び出る心臓は一個じゃすまないかも——
そしてふと、店の電話が鳴る。
「はぃぃぃッ!」
そんな大きな音ではないのだが、静かな中いきなり鳴ったので、ベルは体が硬直する。
「で、出たほうが、いい、よね……?」
他にはもちろん誰もいない。相談などできない。というか出るのが仕事。聞くまでもないのだが、ルーティンとして。ひとつ深呼吸し、意を決して受話器を取る。
「こ、こんにちは——」
《注文いいか? なんか適当にいい感じの。メインカラーは白で》
ぶっきらぼうに、要点が掴めない注文が飛んでくる。相手の表情も読めない。メインは白。頭も真っ白になる。そして目を白黒させる。




