160話
パリ一〇区。雑誌にも度々載る花屋〈クレ・ドゥ・パラディ〉季節やイベントを先取りした花を取り揃え、多種多様な花器に花が挿されているのみ。現在はノエルが近いため白い花を多めに取り揃えているが、店内の動線にはピンクや黄色、紫に赤など、心躍る美しい花達が出迎える。
そんな中で惚けながら立ち尽くす少女。ベル・グランヴァル。本来はピアニストを目指していたのだが、色々あってフローリストも目指すことになった彼女。それが仕事場である八区の〈ソノラ〉ではなく、なぜここにいるか。
二時間ほど遡る。
《悪い、ベティー。誰か今日借りられるか? 配達とサロンの発表会で、こっちに誰もいなくなっちまう》
そんなリオネルからの電話が〈ソノラ〉にかかってきたのが、午後の一五時過ぎ。応対用のイスに座り、お客様対応するシャルルを見ながら、ベアトリスは断った。
「ふざけるな。ブッキングはそっちのミスだろう。なぜこっちが圧迫されないといかんのだ」
そうでなくても、最近はシャルルといる時間が少ない。これは中々に由々しき事態。それを取られるのは父親であっても許されない。
だが、そこはリオネルも食い下がる。
《そう言うなって。ほんの一、二時間だから。電話番と、荷物受け取りだけ。詳しいこととかは、あとで掛け直すから、誰からかかってきたのか。来店したお客さんには事情を説明して、そっちも後日掛け直すってことで》
本当にただの留守番。しかし、それがさらにベアトリスの火に油を注ぐ。そんなことのために人手など割けない。
「断る。こっちも忙しいんでな」
そして電話を切ろうとした瞬間。
「こんにちはー!」
溌剌とした挨拶をしながら入店する少女の姿。店のアルバイト、ベル・グランヴァル。学校終わりということもあり、疲れから脱力気味……というのとは無縁。ここ最近、こんな風に活力が漲っている。
真一文字に結んだベアトリスの唇。ベルの姿を認めた瞬間、その口角がほんの少しだけ、上がる。
「……いや、ひとりいる。暇そうなのが。すぐ送るから少し待ってろ」
《え? 誰? だ——》
そこでリオネルの声は途切れる。なにか言いかけていたが、そんなものは無視。
電源ボタンを押したベアトリスの目は、獲物を見つけたように鋭利になる。
「ちょうどいいのがいたな。一石二鳥だ」
その矛先であるベルの顔は緩みっぱなしだ。いいことがあった、と言えばそうなのだが、それ以上に高揚感、達成感が彼女を支配する。
「いやー、今日もいい香りだね! 星占いは一〇位だったけど、まぁ占いだから!」
と、誰に言っているのかはわからないが、澄んだ声が『音』を意味する店内で響き渡る。
「……大丈夫……ですか?」
一歩引いたシャルルも、目が若干泳ぐ。ここ数日、シルヴィやレティシアにいいように自身がオモチャにされても、ベルの振る舞いの関心が薄い。以前だったらキッパリと守ってくれていたであろうシチュエーションでも、「まぁまぁ。みんなのものだから」と、ヌルっと間に入ってくるのみ。




