158話
落ち着きを取り戻したレティシアは、自身の中で未解決だったピースを埋めてみる。すると、徐々にその絵が浮かび上がってきた。
「……なるほど、自分のコンサートとかならともかく、コンクールで自分のピアノを運び出すわけにはいかないものね。そしてそんな調律を彼女専用でするわけにもいかない」
「そういうことだ。ビブラートは大きな武器だが、その反面弱点でもある。良くも悪くもあいつの個性だから潰すわけにもいかない」
完全にモノのすることができれば、もしくはコンクール用のピアノは、それはそれで分けて弾くことができれば。そんな器用なやつではないことは、ベアトリスもわかっている。
そうなると、違った観点からレティシアには疑問が出てくる。
「でもベアトリスは、どうしてベルのビブラートのことがわかったのかしら? 彼女の演奏を聴いたことがあるの?」
自分も実はあまり聴いたことがない。彼女が辞めようとしていたことや、今回の件もあり、機会がそもそもなかった。となると、この店主も同じようなことになっているはず。一体どこで。
だが、意外な点からベアトリスは気づいていた。
「まず、あいつがふと、そらでピアノを弾くときに、ところどころ無意識に手を震わせるのを見ているからな」
クセになっているのだろう、あのグレン・グールドもビブラートをすることと、弾きながら歌うことを無意識にやっていた。それに近い。スポーツ選手がルーティンを大切にするように、音楽家もなにかしら自分なりのルールを持つことはある。
たしかにベルがそういった行為をしているのは、レティシアも確認している。だが、指が小刻みに震えているかなど、気にしたこともない。そんなこと、認識できるものなの?
「……あなた一体何者?」
特殊な弾き方をするらしいベルも気になるが、目の前の尊大な態度を取る少女にも注意の目を向ける。
「なんでもいいだろ、それに一度聴いたことがある」
かつて聴いたベルのピアノ。今一度噛み締めてみるが、やはりベアトリスには窮屈そうな音に聴こえていた。
心ここに在らず、というベアトリスに気づき、レティシアは最後の質問。
「まぁいいわ、でもあの子の練習方法には納得いかないわ。私はピアノについては素人だけれど、イメトレだけってのと、集中しないで上手くなれるわけないってことはわかる」
もし万が一そんなことがあるのだとしたら、ベルはとてつもない天才なんじゃないか。それならば認める。でもその代わり、ちゃんとした証拠なり理由なりがなければ。




