153話
パリ八区。そこにひっそりと存在する花屋〈ソノラ〉。店内は溢れかえるようなフラワーアレンジメントで彩られ、オスモカラーの床も相まって、まるで幻想的な世界に紛れ込んだように錯覚させる。来月に迫ったノエル、つまりクリスマスに向けて、白い花も増え出した。
日付は一一月二日。死者の日、とフランスでは呼ばれている日だ。本来、この日に墓地などへ行って死者と語らうのが普通なのだが、残念ながらこの日は社会人には平日。ゆえに、前日の一日に行く人が大半。学生は基本的には休日となる。
「どういうことなの?」
そんな死者という幻想を打ち破るような、強い語調。切れ長の冷ややかな目。厚くぽってりとした唇。抜群のスタイル。それらを駆使し、レティシア・キャロルは店主、ベアトリス・ブーケを威圧する。
身長差は三〇センチ弱ほど。店のインテリアでもある、フラワーアレンジメントをいじっているベアトリスは、屈んでいるためさらに低い。
「……なにがだ。主語を言え主語を」
それでも臆すことなくその圧力を跳ね返す。さて、なんのことだか。どんな時でも余裕を崩さない姿勢に、この少女の性格が見て取れる。
そのとぼけたような返しだが、まぁそうくるわよね、という内心を秘めたままレティシアは、床を踏み締める足元に力を入れる。
「ごまかさなくていいわ。あなた、ピアノのことでベルになにか言ったでしょう」
なにか、というのは練習方法について。学校の講師でもなんでもない、いち花屋の店主が将来有望なピアニストを指導している、というのもおかしな話ではある。しかし本人は否定するだろうが、ベルはベアトリスに心酔しているようで、その教えを守っている。
意識は会話に三割ほど。残りの七割はアレンジメント向けた状態のベアトリス。ファンデンションワーク、つまりオアシスを隠すための葉物の位置どりがしっくりこない。
「やり方は一任するって言われたからな」
最初からやり直し。まだ未熟な自身の腕を嘆く。まっさらな状態に戻して再度想像する。
「イメトレ中心。弾いてもいいが、短く、なおかつ他のことをやりながら、集中しないで弾けと言ってある。弾くなとは言ってない」
ベアトリスはベルに対して、そのように伝えてある。だが、それを本人は迷いもあってか、弾けずにいる。集中して弾く、のが普通なはず。濃密な一秒は、適当にこなした一時間に勝る。そんな考えとは逆をいく。
もちろん、ベルを思ってここまで来たレティシアは不満を持つ。
「それのどこが練習なのかしらね」
イメージだけで上へ行けるなら、どんなスポーツでも芸術分野でも世界一になれる。この練習方法の理由によっては、自分を抑えられるかわからない。




