150話
この話題になった途端、ベルは溜まっていた不安を少しずつ吐露しだす。誰かに聞いてほしかった、というのもある。
「そうなんだけど……お前には必要ないって……それよりも必要なことがあるって……」
それがなんなのかわからない。イメトレだけでなんとかなる世界ではない。もちろん大事なのはわかる。だが、それだけとなると不安が圧勝する。
それと同時に、シルヴィには驚く点がもうひとつ。
「というか、ベアにピアノ習ってたのか? いや、習ってるわけじゃないか……そりゃ、不安になるな……」
あいつの面倒見がいいのはわかるが、肝心な奥底は見えない。ピアノを弾いているところもみたことがない。それなのに、ベルは学校の講師以外にもピアノを教わっていることになる。教わっている、と言っていいのかわからないが。
苦いコーヒーさえも甘味を感じるほどに、今のベルの心にはビターな音が響く。人は人生でなにかを切り捨てなければいけない。もしかしたら、この市場で働く人の中には、プロのサッカー選手まであと一歩だった人や、音楽家だった人もいるかもしれない。大好きななにかを切り捨てたのだろうか?
「本当にこれでいいのかな」
まだ暗く沈んだ空。ガラス越しに問いかけてみる。答えは降りてくる? こない?
だが、そういう時のシルヴィは心強い。
「イメトレだけはしてるんだろ? あいつが言ったならそれでいいんじゃないか?」
お互いに悪態をつく間柄だが、ベアトリスのことは信頼している。ゆえに、ベルのピアノの腕を悪化させよう、などとは考えていないはずだ。なにかしら意味があるはず。
だが、ベルの心境は思ったよりも深刻。相変わらず顔色は良くない。
「そうなのかな……」
誰を信じたらいいかわからず、今ピアノをもし弾いたとしても、どんな曲も悲壮感がプラスされそう。
そんな中でもレティシアはひとり、落ち着いてコーヒーを楽しむ。
「ま、詳しく私から聞いてみるわ」
目を閉じて舌に集中。蒸らしが足りない。もう少し待つから、じっくりとコーヒーは淹れてほしい。
友人に迷惑はかけられない、と普段のベルなら言ったかもしれないが、現在はそんな余裕はない。
「……うん、ありがと……」
と、小さく二人に感謝を述べるのみ。本当に感謝はしている。自身の両手を見てみる。果たして、本当に今の自分に弾けるのだろうか。
そんな風に過ごしていると、買い物を終えたシャルルが到着する。手には鉢物と葉物のグリーン二種類。とりあえずカフェオレを注文し、席に着く。
「お待たせしました。すぐに取り掛かりますね」
そう宣言してテーブルにオアシスと花を広げる。ピンクのシクラメンが二輪と、紫のシクラメンが一輪。葉物と枝物で二種類。ブルーアイスとユーカリ。




