15話
「花は色々な顔を見せ、語り、人々を癒す。そしてフローリストはその花の可能性を換言して伝える。ピアノは言ってしまえばただの楽器です。その楽器で表現するのがピアニストではないでしょうか」
メッセージ、その言葉を耳にしてベルは表情を固くする。どうしてもかつての記憶が脳裏にこびりつき離れないでいた。
「でも、ピアノの才能によるよ、表現力なんて。あの子にできても才能のないあたしじゃきっと――」
「才能才能と、ピアノってのは才能があればできる、その程度のものなのか? その程度のものが人の心を動かすのか?」
そのそっけないベアトリスの言葉は深く、深くベルの胸に突き刺さった。ピアノって、どんなだっけ? ゆっくりとその言葉を噛み砕くと、なにか懐かしい気持ちが蘇る。文字にできない。
「才能、運命、摂理。そんなものはただの『言い訳』に過ぎない、僕もそう思います。人は立ち止まることも、振り返ることも、時には戻ってしまうこともあります。ですが、気付いたその場所を、また新たなスタートラインと捉えることができれば、人は負けることはないんです」
その包み込むような言葉は深く、深くベルの胸に染み込んだ。ピアノって、あたしにとってどういう存在だったんだっけ? こんなに苦しいものじゃなかったはずなのに。
ただ、自然と涙がこぼれた。抑えようともせず、雫が頬を滑り落ちるのを感じ、そこでやっと自分が泣いていることを理解するほどに。一粒テーブルに水たまりを作ると、そこから堰を切ったようにさらに多く作り出す。
耐え切れずにベルは両の掌で目を覆い隠し、進行を止めようとするが隙間から漏れ出して流れ落ちる。ただ、泣き声だけは噛み殺した。それが精一杯の抵抗だったのだ。
「でも、だって、あたしじゃ、自分で、あの子には」
紡がれる言葉がぶつ切りとなり一つの文をなさないが、伝えたいことは二人にはわかっていた。
ベアトリスはシャルルに視線を流し頷くと、それに呼応する。
「ではベル先輩、少しお待ちいただいてよろしいでしょうか? ぜひ見せたいものがあるんです」
泣き止むのを待つこと一分弱、沈黙を絶妙なタイミングでシャルルは破った。
「見せたい、もの……?」
「我々はフローリストですから。花の言葉も聴いてみてはいかがでしょうか。微弱ながら、僕もお手伝いさせていただきます」
どん、とシャルルは胸を張って叩くと、当たり所が悪かったのか二回むせる。
威厳があるのかないのかわからない所に、つい頬が緩んだベルは小さく「……うん」と頷く。
「……じゃあ『おまかせ』お願いします」
「はい。それで姉さん、使いたい花があるんだけど――」
「あー、わかってる。好きに使え。ただし面白いもんを作れよ、最低でも八○点くらいの」
手で追い払うようにベアトリスは返事する。それを苦笑いを浮かべてシャルルは承諾した。
「その基準はわかんないけど……」
表情を作り直し、苦い顔を直したシャルルはベルに礼をする。
「それじゃあ、準備してきますので、少々お待ちください」
ベルが了解すると、急ぎつつも慌てずに扉を開けてシャルルは出て行った。
その後姿が笑っているようにベルは感じられた。花をアレンジすることが本当に好きなんだな、と羨ましくも思えたのである。自分もピアノが……と言いかけて、そこで口をつぐんだ。その先は今の自分に言う資格がないとでも言うように。
「さーて、どんなのが飛び出すのか楽しみだ。なに、期待してもいいぞ。あいつは案外裏切らんヤツだ」
わはは、と声に出してわざとらしくベアトリスは笑った。
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