149話
言いたいことはなんとなくわかるが、レティシアは今の立場を利用して、色々な経験をしてみたいと思っているところ。
「今更? たしかに場違いな感じもするけど、一応〈クレ・ドゥ・パラディ〉の関係者なんだから。堂々としていればいいのよ」
とは言ってもパリでも屈指の名店。サロンやソワレの装花で業務のほとんどを占める。そんなすごい店の関係者、というと、少し気後れはする。なんといってもついてきただけなのだから。だが、そんな弱気は一切見せない。
そういえば、とシルヴィが話題を変える。
「ピアノはどんな練習してるんだ?」
花のことばかりになっていたが、ベルはピアニスト志望。フローリストと二足の草鞋を履くわけだが、ピアノを疎かにしていては、元も子もない。最近は〈ソノラ〉にいることが多いようだが、果たしてどうなのか。
「そうね。たしかにここ数日、というか今日もだけど、花に重心が偏ってないかしら? ピアノは一日休むと、取り戻すのに二日かかる、とか言うんでしょ? そうじゃなくても、しばらく休んでいたのに」
コーヒーの苦味を感じながら、レティシアが同調する。もしかして諦めた? まぁ、それもこの子の人生。いやいや、この子ならそんなことはありえない。両方やると言ったからには、必ずやる。そういう子。しかし。
「……してない」
青ざめた顔と焦点の合わない目で、ベルは「……ふふっ」と笑う。
シルヴィが、ズッというコーヒーを啜った音の後、仰天する。
「へ?」
今なんて? いや、だってこいつ、ピアニストになるために〈ソノラ〉に、って、えぇ……?
「どういうこと? 両方目指すんじゃなかったの?」
レティシアがシルヴィの気持ちも汲んで、代表する。この子にとってピアノは半身のようなもの。今現在、上半身だけで生きているようなものである。そんなバカな。
その戸惑いだらけの空間で、ベルは理由を説明する。
「……ベアトリスさんからの指示なの。練習はできるだけするな。イメトレだけにしとけって」
もちろん、ベルは反発した。それでは指が動かなくなる、花で内面を磨いても、それを表現する技術が足りなくなる。どちらかがあればいい、というわけでないことは、ベアトリスにもわかっているはず。
いつもは楽観的なシルヴィも、焦りの色を見せる。
「な、なんで? ピアニストって毎日何時間も練習して、それでもなれるのは一握りみたいなものなんじゃないの?」
詳しくは知らないが、茨の道だということはなんとなくわかる。




