139話
少し前のベアトリスのことを思い出し、リオネルは難しい顔をした。
「まさか花屋になるとは。続けてくれて感謝はしてるけど、あいつには本当にそれでよかったのか」
新しい夢と、諦めた夢。どちらがよかったか、など誰にもわからない。だからせめて、あの子に祝福を。
シャルルは店全体を視野に入れ、風を感じた。
「姉さんはいつも言っています、答えなんてどこにもないと。最後に少し幸せなら、それでいいって」
それはいつもお客様に伝えていることだが、鏡のように自分にも言い聞かせている。そんな姉の姿をずっと見てきた。
決して押し付けたわけではないが、それでも負い目を感じているリオネルは、この場にいないベアトリスの代わりに、シャルルの頭を撫でた。
「凝り性なやつだからな。極めたいと思っているんだろ。そのためには——」
そしていつの間にか作っていたアレンジメントを、シャルルにプレゼントする。
「まず俺に認められたらな。ほい、完成」
透明なカップのような花器。そこには下から、色のついた砂が白黄青と、爽やかな層になっている。そして残ったジェルを使い、上から流し込むことで、砂はズレずに固定される。
そしてサンウィーバインの葉で爽やかなグリーンを。ハイビスカスでビビッドな赤を。プルメリアで柔らかな白を。そしてメインとなるバードオブパラダイスで、まさに南国という、陽気なオレンジの明るさと空の青を。これらも全てプリザーブドフラワー。
「俺ならもっと遠くまで行ける」
エーゲ海より遠く。父親としての威厳を、リオネルは変なところで誇示する。なんとなく息子には負けていられない。勝ち負けじゃないと教えたのは自分なのに。
「……そんなところで対抗意識燃やされても」
反応に困るシャルルだが、しかしこのジェルの使い方は思いつかなかった。さすがM.O.F。余り物でさらにひとつ作れてしまう。
そして最後にリオネルは心構えを説く。
「忘れるなよシャルル。技術は安売りするな、仕事はきっちりこなして、そのぶん報酬はしっかりともらうこと」
もちろん、お客からしたら安いに越したことはない。だが、安いには安いなりのサービスや技術が振る舞われる。だが、そんなことを続けていくと、フローリストの能力は低下していく一方。だからこそ、その能力を発揮できる、成長できる環境に身を置かねばならない。
「安売りするということは、つまり技術が追いつかなくても、できる範囲内で収まってしまう。伸びしろを逃すな。成長はお客様とのやり取りのなかで育め」
本番の前の練習はたしかに必要。だが、腹を括れているのならば、練習がなくても本番に臨める。いつも練習できる時間があるとは限らない。必要なのは覚悟。
「だからといって、技術に頼りすぎるな。大事なのは、自分じゃなくお客様にとっての完璧を考えること」
しかし、最終的に大事なことは、相手あってのこと。少しだけ幸せになれるか。そのために使える手は全て使う。以上。M.O.F様からの講義。
リオネルはこの国の『花』という文化が好きだ。だからこそ、この火を消すようなことがあってはならない。そのために必要なものは若い、下の者達が受け継いでいくこと。自身がその道標となり、またそれが次の者へ。全ては遊びではあるが、その遊び場を作っていく。
「はい、ありがとうございます」
何度説かれても、その度に新たな発見がある。花を介して、思考と感情を表現する。シャルルは早く次の遊びをしたくて仕方がない。
だが、今日はここまで。まだ遊び足りないシャルルに気づきつつも、明日の準備をさせる。
「今日は早く寝ておきな。混む前に行って帰るからな」
もうすぐ店は閉店時間。明日は一年でも指折りの忙しい日。準備と用事は済ませておかねば。
明日のことを思い、シャルルは一度意識を空へ。明日は一一月一日。この日が来ると、嬉しいような悲しいような。複雑な気持ちになる。
「わかりました、よろしくお願いします」
空から意識が降ってくる。見据えるのは未来。過去には縋らない。




