136話
エッセンシャルビジネス、という言葉がある。多種多様な職種がある中で、『生活になくてはならない業種』を厳選したものだ。それはスーパーであったり薬局であったり、パン屋や鉄道など様々だが、フランスにおいては『花屋』もこれにあたる。
この国にいかに花というものが根付いているか、ということを表すと共に、花のない生活はフランスではない。日曜日だからといって、全ての花屋が定休日になることはない。必ずお店同士で打ち合わせて、休みにならないようにしてあるほどだ。
「葉っぱはもっと大胆に落としていいかな。それと、かなり下の方で分かれている花はもぎって、一本ずつとして使おう」
パリ一〇区。店内にバッハの曲が流れる、そんな花屋がある。店の名前は〈クレ・デュ・パラディ〉。天の鍵、という意味である。バッハのヨハネ受難曲の歌詞にある『天の鍵の花』から取ったものだ。店の外にまで溢れる花や木々。看板はない。なくても有名。だからあえて外した。
その店主、リオネル・ブーケ。国家最優秀職人章、通称M.O.F。フランスにおけるフローリストの最上位。高級ブティックなどのメゾンも顧客に抱え、プレス用のブーケも受け付けている。その他、店に立てば注文も受け付け、海外の花雑誌にも登場。
そのフローリストから直接指南を受けているのは、息子のシャルル・ブーケ。〈ソノラ〉はベアトリスに任せ、手伝い兼修業。修行といっても、その時の感性で花を活けるだけ。技術を盗もう、などとは考えていない。単なる親子の戯れ。
指摘を受け、そういったものもシャルルは挑戦してみる。もちろん、シャルルが先に作ったものが間違い、というわけではない。正解などない。ただ、それがその人にどれだけ響くか。
店内の壁はレンガ調。まるで家の敷地内であるかのように錯覚する。それもそのはず、この店のコンセプトは『庭先』。そのため、〈ソノラ〉のように、アレンジメントがディスプレイされていない。切花だけが花器に入れられ、新鮮な香りが漂う。
店に入ると、まもなくマルシェ・ドゥ・ノエル、つまりクリスマスマーケットが始まることもあり、白い花が飾られている。その他、遊び心も満載で、ダビデ像のようなオブジェや日本の『ししおどし』など、店主がやりたいようにやっている。
「はい。こんな感じでしょうか」
明るくシャルルは返事をする。いつもと違う風景。いつもと違う電球。いつもと違うテーブル。いつもと違う。でもやることは一緒。心を込めてアレンジメントをする。




