133話
「……ということがあってな」
サミー・ジューヴェということは漏らさずに、その日の閉店後、ベアトリスはベルに今日の話を聞かせる。深く木製のイスに座り込み、軽く揺れながら全身を弛緩させている。
テーブルには数種類の花と花器。テーマを決めて練習中のベルは、同様にイスに座りながらも、手をできるだけ動かしつつそちらに耳を傾ける。例として、勉強させてもらう。
「そこまで考えていたんですか……すごいというか、真似できないというか」
そこまでの知識はない。宗谷ってなに? 文字の掠れ? はらい? 一年もらっても、そこまで気づかないかもしれない。
だが、その手法を必要とあらば真似しようとするベルを、ベアトリスは嗜める。
「真似なんかするな。そういう方法もある、というだけだ。自分らしい花を作れ。帰るときに少しだけ、幸せを感じていてくれたらそれでいい」
他人の言葉を借りても濁るだけ。花の声を届ける、という心構えを忘れてはいけない。〈ソノラ〉では、そう貫く。
「私を技を目指すな。目指すなら私の思想を目指せ」
かつてベアトリスが自身にも言われたこと。悔しいがあの父に。それを次に、バトンとして受け継いでいく。
それなら自分だったら、そう構築するベルだが、中々に浮かばない。
「幸せか……」
形のないもの。色でいえば赤。だけど、オレンジや黄色、青なんて言う人もいるだろう。そんな時はピアノに聞いてみる。テーマは『幸せ』。指が勝手に動く。
「……『中国の太鼓』か。ヴァイオリンは誰がやる、誰が」
ベルの指の動きから、ベアトリスが察したのは、クライスラー作曲『中国の太鼓』。オリエンタルで神秘的なメロディと、弾けるような明るさのヴァイオリン。それでいてコミカル、それでいて風雅。たしかに、どこか『幸せ』が溢れているような気がしなくもない。
「ヴァイオリンは、なんか最近音楽科で話題になっている子がいるらしくて……」
そこからつい、ヴァイオリンが主体となる曲を、ベルは選んでしまった。中華料理の美味しそうな香り、熱気あふれる人々。なんとなく幸せ。
それとは対照的に、ベアトリスは顔を逸らし、ベルに背中を向けた。
「……」
「ベアトリスさん?」
なにかヴァイオリンに嫌な思い出でもあるのだろうか、そんな疑問をベルが持っていると、ベアトリスが話をサミーの件に戻す。
「……それより、本来なら違うバラを使って、励ますような意味にすることもできたんだが、あえて変えた」
少しくらい意地悪して、解答に幅を持たせてもいいだろう、そんな言い訳を心の中に留める。できるだけ曖昧に、ボヤけるように。
「きっと今頃、頭を悩ませているだろう」
そうなっていたら嬉しい。イギリスの哲学者、ジョン・スチュアート・ミルも『祝福は苦悩の仮面を被って訪れる』と言った。ならきっと、監督ならそいつを捕まえて、無理やりに剥ぎ取って、力づくで祝福されに行くはず。
「ま、ここから先は彼次第だ」
できるのはここまで。手を引っ張って導く、なんてことはできない。軽く背中を押すだけ。それだけでいい。それしかできない。




