13話
ロボットのように突如片言になったベルに、姉弟は顔を見合わせて首を傾げたが、「さて」と姉が深くイスに腰掛けると、ようやく切り出す。
回り道しすぎたな、とベアトリスは自分に反省をする。戒めこそが成長の条件と考えているのだ。
「そろそろいいんじゃないか? なぜピアノを捨てた? ま、大抵は予想はつくがな。真摯に打ち込んでたヤツほど、折れるときはあっさりポッキリだ。私が勘で理由を述べてやってもいいぞ。どうする?」
またも答えのわかる問い。案の定ベルは、
「いえ、ここはあたしから、あたしが言わなきゃだめなんです」
「そうか」
これまでのベアトリスの発言の的中率から考えて、かなりの程度を把握していることを悟っていた。だから、というわけではない。ここは自分から語らねばならないと、本能的に感じたからである。だからこそベアトリスの提言を退けた。
目を瞑って一つ深呼吸をし、ゆっくりとベルは覚悟を決めると、驚くほどスラスラと言葉が出てくる。一度発言を止めてしまうより、一気に言ってしまった方がいい。
「あたしは、一〇年以上ピアノをやってきました。最初はママが趣味で弾いてたのを真似て一音ずつ出してた程度なんですけど、あたしがつたなく弾いた曲でもパパとママは笑顔で聴いてくれて。すごく楽しくて、心地よくて、将来は絶対にピアニストになるって毎日言ってました」
ベルは儚げに笑顔を作る。
「毎日のようにレッスンを受けて、その時の技術では難しい曲にも挑戦したり、間違えて失敗して、でもそれを乗り越えて弾ける曲が増えて。それをパパとママの前で弾くと喜んでくれて。期待されることはプレッシャーではなかったんです。むしろ『愛されてる』っていう気持ちが嬉しかった」
聞き手の二人も無言で感じ取る。
「こう見えて、中等部部門ですけどコンクールでも優勝したことあるんですよ? その時のことは今でも鮮明に覚えてます。『終わるな!』って思うくらい楽しく弾いてて、最高の演奏ができた瞬間でした。でもまだそこで満足したわけではありません。もっともっと努力して、技術が上がったときにもそれを感じたかったんです」
矢継ぎ早に語りたてると、今度は沈黙が流れた。重いものだと、ベルの表情が示す。
「……でもその後、初等部くらいの小さな子が弾いてるのを偶然にも聴いてしまったんです。あたしより五つ、六つくらい小さな女の子です……衝撃を受けました。そのピアノから紡がれる一音一音のイメージ、メッセージ。どれもあたしにはない、彼女の音を持っていたんです。もちろん技術では甘いところがありましたが、問い詰めてみたら、まだピアノを弾きはじめて三年にも満たない程でした」
表情を変えずに聞き入るが、ベアトリスは半ば予想通り、と言った感じで腕を組んだ。
「もちろん、その時は負けてたまるか、っていう気持ちが強くて、ガムシャラに練習をしました。必死に技術を磨いて、さらに難しい曲に挑戦して。そして半年後くらいにまたその少女を見かけたんです」
数瞬置いて、目に涙を浮かべる。
「……もう技術も、音に込めた思いも、私では及ばない位置にいることがすぐにわかりました。あたしが練習中の曲をいともたやすく弾いてしまう。『才能』というものを見せつけられた瞬間……はもう、半年前だったんですね。努力では超えられない、絶対的な壁なんです」
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