129話
「……アナタ?」
どういう意味だ? と、フランス人にはわからない内容。サミーは俯いて深く考え込む。
やはり、と予想通りの反応をするサミーのために、ベアトリスは通訳する。
「旦那さんの呼称の一つですね。我々で言う『マリ』です。たったそれだけですが、その一言に全てが詰まっている気がします」
奥ゆかしい、と言われる日本の和の心。まわりくどいことを嫌うフランス人とは、相容れないかもしれないが、より深く浸透する気がした。
「……」
なぜそんなことを? と、普通のフランス人なら思うかもしれないが、そこは映画監督。深読みさせる、というものの効果が、じんわりと認識できる。
「辛い、愛している、体はどうですか、寂しい、会いたい……本当はもっと送りたかったと思いますが、そのたった三文字の裏側に、いくつもの感情が溢れています」
花も似たところがある。間接的に伝えることで、ほんのりと心を温める。ベアトリスはこの話が好きだ。
「奥様がこのエピソードを知っていたのかはわかりません。監督に伝えたいことはたくさんあるけども、それを凝縮した結果、宗谷と同じところにたどり着いたのかも」
これは自身の勘でしかない。だが、そうであってほしい、という願望でもある。
この結論に、受け身で聞いていたサミーは驚嘆する。
「……なるほどね。船、というだけでそこまで読むのか……」
深い知識と洞察力。あいつの娘らしい、と納得する部分も。となると、嫌でも期待は高まる。
「それで、これに合う花はどんなものになるのかな?」
答えは出ているのだが、あえて顎に手を当てて考えるフリをするベアトリス。雰囲気は大事にする。
「そうですね……言葉少なく、ならば花も少なくするべきと捉え、三種類のみ。バラとへデラベリー、そしてナズナを……ティーカップに」
と、キッチンのほうから未使用のカップとソーサーを持ち寄る。ノルウェーのブランド、スタヴァンゲルフリント。モスグリーンの優しい色合いと、横並びに一周する水玉模様がほっこりとする、和みのひと品だ。
見た目にも楽しいカップとソーサーに、サミーも上機嫌になる。
「ずいぶんと可愛らしいね。それと、このバラはなんという品種なんだ?」
立体感があり、まさに主役というような、先ほどから楽しませてもらっているバラが気になる。高貴なイメージのあるバラが、小さなティーカップに入るというのが、ギャップがあって面白い。それに、バラの真紅とカップのモスグリーン。この対比も。
「こちらの品種は、監督に合うものを選びました」
そう喜ばせておきながらも、まずは下ごしらえから。ベアトリスはカップにメッシュ状になるよう、フローラルテープを貼り付ける。九〇年代の中頃にイギリスで流行した『ローズボウル』をイメージ。活けやすくなる。
「そしてここに水を。多めに入れてもいいですし、水を含ませたオアシスに変えても」




